VIALANCE・NOVELS・PROJECTへようこそ。
本来は長編小説完成を目指していたこの企画ですが、Rebisの創作活動の方向転換に伴い、長らく更新が滞っていました。
2000年3月の更新で、ひとまず第二章のキリの良い段落までを書き上げました。
つきましては、この企画はひとまずここで中断しておきたいと思います。

神聖公女の物語自体は、何らかの形で完結させたいと思っています。
ヴァイアランスの同人媒体に載せるか、あるいは同人小説という形にするか…?
まだ具体的な方法は決めていませんが、ご意見などもあったら、お聞かせ願えると嬉しいです。
(2000.3.10 Rebis)

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序章 混沌は世界を喰らう

 フェリスの両耳に、轟音が鳴り響いている。
 蹄が甲冑を踏み砕く音。戦鎚が肉を叩き潰す音。そして絶叫。絶叫。絶叫。
 一人の兵士が、子供のように恐怖の涙を流しながら、彼女の脚甲にすがりついた。それを斬り捨て、フェリスは配下の屍を踏み越える。
 フェリスの金髪も、甲冑の中にある引き締まった肉体も、戦場の血と埃にまみれ、傷ついていた。左の腿にかすったランスの傷が、わずかに痛む。この程度で済んだのは幸運だ。配下は何十人と、あのランスで貫かれ死んだのだから。
「来い、化物! 俺がじきじきに相手をしてやる!」
 フェリスの前にはたった一騎、黒い甲冑をまとった騎士が生き残っている。
 その周りに、騎士の死骸が四騎。そう、フェリスの部隊を血の海に変えたのは、たった五騎の敵兵だ。その背後には、数え切れないほどの黒い戦士と、黒い騎士が、整然と並んでいる。
 すでに全身に槍を突き立てられ、ハリネズミのようになった騎士は、まったく傷に動じずにフェリスへ突撃した。黒い蹄が兵士達の屍を踏みかき混ぜ、普通のランスの倍はある切っ先が迫った。
「うおおおおおおぉぉっ!」
 その切っ先を避けざま、フェリスは頭上目がけて槍を投げつけた。
 投擲用ではない槍はバランスを崩しつつも、フェリスの剛力で風を貫き、騎士の首からヘルメットを突き通した。
 −−死んでくれ!
 荒い息をつき、屍の山に膝を着いたフェリスのずっと背後で、重厚な鎧が地に墜ちる衝撃が響いた。
 やっと、五騎。
 頭を上げれば遙か遠く、他の部隊を殲滅した黒い騎士達が、ゆっくりとランスをフェリスへ向けている。
 女将軍の武名もこれまでか。
 だが、だが、だが。これほどまでの力の差があるとは。
 フェリスは己れの率いた軍の残骸を見渡しながら、拳を地に叩きつけた。

 レクトラント神聖公国正規軍、五百。質のいい竿状武器(ポールアーム)を装備した歩兵部隊と、最新鋭のクロスボウを構える射撃部隊。さらには、重武装した騎士の戦列も、異種族の傭兵達も、揃っていた。
 その軍勢が、戦場一面に肉の海となって散らばっている。
 −−これが、混沌(ケイオス)の力か。
 全滅した自部隊から歩み出たフェリスは、残る力を振り絞って、進軍する黒い戦士達の前に立った。
 混沌の戦士達は、二メートルを優に超える巨躯を黒い金属で包み、大地を揺らすようにして歩いていた。並ぶ戦列には一糸の乱れもなく、ただ敗走する兵を前にした時だけ、巨大な武器でそれを屠殺する。
 もう戦は終わっている。
 だがそれでも、公国の猛将フェリスは槍を拾う。戦死者の指をこじ開け、もう一度だけ槍を構える。
 死ぬ覚悟だの、恐怖だの、そうした次元の想いはすでになかった。ただ、あまりにも強大な力で踏みにじられる人間の中にいて、抵抗をやめてはならないという、灼けるような義務感だけがあった。
 視界の中に立つ人間はもういない。黒い軍勢はゆっくりと歩を進める。自分達を止める者が存在しないことを、知っているかのように。
「聞け!!」
 フェリスは槍の穂先を混沌の波に向けたまま、あらん限りの声を張り上げた。
「たとえこの俺が討ち取られようとも、神聖公国は滅びない! 兵達の怒りは貴様らを焼き尽くし、砦に並ぶ砲門が貴様らを撃ち抜くだろう! そう覚悟しろ!」
 そしてフェリスはたった一人で、混沌の構える大盾の壁に突撃した。
「あははははは♪」
 フェリスの耳に、戦場にそぐわぬ声が届いた。
 子供か、とフェリスは耳を疑う。
 戦士達の壁が割れた。フェリスは思わず、駆ける足を緩めた。
「元気がいいなあ。ボク、好きだよ、そーゆー元気のあるコは」
 声の主は、戦列の奥から現れた馬上にあった。
 馬と言ってもこの世の馬ではない。竜と馬を掛け合わせ、革を鋼鉄の鎧に履き替えたような、六本脚の怪物だ。
 その上に乗る混沌の将軍は、まだあどけない子供の顔をしていた。
 ツンと左右で尖った薄紫の髪が、戦場の埃に汚れることもなく、照り輝いている。灰色の大きな瞳には年齢にそぐわぬ知性を宿し、小ぶりな唇は遊びにふける幼子のように無邪気な笑みを浮かべていた。
「ボクはルキナ。キミは?」
 ルキナと名乗った子供は、馬上からにこやかに微笑んだ。
 この娘が、混沌の大軍勢を率いているというのか!? 我々神聖公国の精鋭が、こんな小娘に負けたというのか!?
 フェリスは大きく目を見開いたまま、声にもならぬ空気を口から吐き出し、糸が切れたように座り込んだ。
 ルキナは返事がないことを不満に思ったのか、口を尖らせると、背の高い馬から優雅に飛び降りた。
「な……」
 その様を見て、フェリスはさらに目を剥いた。
 子供と思ったのは間違いだ。ルキナの体には、フェリスの数倍はあろうかという豊かな乳房が、これ以上ないほど女を主張して揺れている。その下に続くのは、適度に鍛えられた褐色の肢体。
 子供と、女と、戦士。混沌という性質を見事に体現するかのように、彼女の体は三つの要素を芸術的に兼ね備えていた。
「キ、ミ、は? って聞いたんだけど。この国の言葉はこれじゃなかったっけ?」
 ルキナの愛らしい顔が、無造作にフェリスへ近づけられた。
 思わず、息を呑んだ。無垢な微笑みと、鼻孔をくすぐる少女の香りが、一瞬フェリスの置かれた状況すら忘れさせた。
「俺は、フェリス……フェリス=シュティットベルガー…だ。レクトラント神聖公国の……将……」
 そこまで言葉にしたフェリスは、手に持つ槍を握りしめると、躍り上がった。
「そう、俺は公国の猛将フェリス! 油断したな、愚か者め!!」
 フェリスは正気を取り戻し、背後に大きく引いた槍を、ルキナの頭蓋に叩き込んだ。
 いや。
 叩き込めない。
 槍の穂先は、革手袋に包まれたルキナのしなやかな指に、ガッシリと捕まれている。
「うんうん。こういう抵抗が、燃えるんだよねぇ」
 ルキナは微笑みを崩さぬまま、右手を振るった。
 それは瞬時にピンク色の触手に変化すると、鞭のごとくフェリスの脚を打つ。
「くはっ!?」
 天地が回転し、フェリスは脳天をかばう姿勢のまま大地に叩きつけられた。
 歯を食いしばり、揺らめく視界の中槍を拾う。せめて一突き、せめて手傷だけでも。
 立ち上がったフェリスは、自分の左脚が動かないことに気付き、絶叫した。
 左脚は、樹木の根に変わっていた。
 動かない。感覚もない。木の幹の感触がすねを這いずり、膝を固め、腿へ。
「な、なんだ、これは…脚がっ、脚があっ!?」
 たまらず倒れ込んだフェリスの脚を、もう一度ルキナの触手が撃った。途端に、左脚に血と肉の感触が戻っていく。
「ふふふ」
 ルキナはその声に邪悪な響きを交え、フェリスの前にしゃがみ込んだ。
「聞いたことくらいあるでしょ? ボクら混沌の変異の力。混沌に触れたものは世界の理から外れ、異なる形、異なる姿に変わっていく……」
 ルキナはそう言うと、自分の頭から生えている美しい色の角を撫でた。
 そう。
 混沌、それは法則を否定するエネルギー。
 全てを呑み込み、世界に闇の安息をもたらす破滅の力。公国の聖堂で、幾度もそう聞かされた。
 そして数ある混沌の中で、最も恐るべき存在……それが、混沌の神ヴァイアランスに仕える者達だと言う。
「混沌……変異……やはりお前達は、本当に……世界を飲み込む『ヴァイアランス 』の使徒なのか…?」
「うん。良く知ってるね、ボクらの神様の名前」
  ルキナは声を弾ませると、その人差し指をフェリスの額に当てた。
「頭のいいキミなら分かるよね? キミが暴れようとしたら、ボクがキミをどう扱えるかも。丸めて肉団子にしちゃってもいい。カエルか蛇か、ゴブリンに変えちゃってもいい。体をバラバラにして、一個一個生きたまま鎧の飾りにしてもいい。もちろん自害しても無駄だよ。ね?」
「あ……ぁぁ……」
 ルキナの瞳の中にある、残酷な光を目にして、フェリスは凍り付いた。
 その言葉に一言の偽りもない。ルキナはそう思えば、そう実行するのだろう。
「……わかった……何が…望みだ……」
 フェリスは血を吐くように、混沌の将軍へと声を搾り出した。何年も流したことのなかった涙が、瞼に溢れて一滴鎧を濡らした。
「んふふー。それはもちろん、こうさ!」
 ルキナはフェリスの鎖帷子に手をかけると、それを易々と引き裂いた。
 鎧の下に着るキルトが破れ、そこだけ日焼けを免れたフェリスの白い乳房が露わになった。柔らかく締まった胸筋や腹筋はフェリスが戦士であることを示しているが、胸の膨らみは大きな椀のように形良い。
 フェリスは反射的に胸を隠すと、恐怖と絶望が入り交じった顔で、ルキナを見上げた。
 いつかこういう日が来るのかと、想像はしていた。戦いに敗れ、女として慰み者にされる日が。しかしその時には舌を噛めばいいだけのことと、楽観していた。まさか混沌の軍勢に捕らえられ、自害すらできぬ虜囚になるとは……
 人間とは思えぬ黒い戦士達を思い出す。その巨大さと、その数を。
「…お……」
 体が震えるのが分かる。恐怖が喉を通る声すら締め上げる。
「……お願いだ……頼む……」
 フェリスはぼろぼろと涙をこぼしながら、ルキナにすがりついた。
「他のことなら何でもする。公国の守りを話してもいい。お前の部下として働いてもいい。だから、頼む、お願いだ、それだけは、俺の体だけは……」
 フェリスの声に、もはや将の誇りはない。その様を見下ろすルキナは、無機質な笑みを浮かべたまま、フェリスの胸を弄んでいる。
「うーん、いいよ。とってもいい。人間らしいコだなあ♪」
「じゃ、じゃあ…」
「ダメ」
 ルキナは心底楽しそうに笑うと、フェリスの下半身を包む鎖脚甲(チェインレギング)を一気に引き裂いた。
 薄く金色の陰毛が生えた恥部が剥き出しになり、フェリスは狂乱した。
「待ってくれ! お願いだ………お願いです!! た、助けて下さい! 助けてぇ……」
 泣き叫び、腰にしがみつくフェリスを見て、ルキナは苦笑する。
「はいはい、ちょっと待ってよ。キミ、少し勘違いしてるんじゃないかなあ……」
 言いながら、ルキナは自分のレザーの下着に指をかけた。
「……え…?」
 涙でぼやけた視界の中で、ルキナは下着を腿まで降ろした。
 空を切るように、二本の肉がフェリスの前でそそり立つ。それがどうやって下着の中に押し込められていたのか、想像もできない大きさだ。
 視界が明瞭になっていく。
 フェリスには、初めそれが何なのか分からなかった。
 少女のように愛らしく、一筋しかないルキナの女性器。その上端、普通ならクリトリスがあるべき位置から、きれいなピンク色の剛直が伸びていた。そしてさらにその上の恥丘からも、赤紫に腫れ上がった不気味な器官がもう一本生えている。
 書物で得たわずかな知識と、自分の体の構造と、目の前にあるものを比べて、フェリスは気付いた。戦慄のあまり、涙が乾いていくのが分かった。
 あの桃色の肉棒は、やはりクリトリスなのだ。そしてその上から生えているのは、おぞましい程に逞しい、男の器官。ルキナの体は……男と女、両方の性を備えている。しかも丁寧に、陰核まで女を味わえるように変化しながら。
 だがフェリスが戦慄したのは、恐ろしかったからではない。

 美しかったのだ。
 自分の前に立つ、ルキナの肉体が。

 我に返った時には、ルキナに唇を奪われていた。
 初めて知る他人の唇の感触。それはずっと戦場に身を置いていたフェリスにとって、あまりに甘美だった。
 唇が割られ、暖かい舌で歯を叩かれる。そのノックにあっけなく応え、フェリスの口はルキナの舌を受け入れた。
 長い。フェリスの舌を絡め取るように、濡れた肉塊が口蓋でうねった。甘い唾液が口一杯に広がっていく。目が潤み、呼吸が荒くなっていく。
 目の前にあるルキナの美貌が胸の奥を締め付け、フェリスは思わず呻いた。
 そう……これで、いいのかも知れない。
 ずっと、男には嫌悪感を持っていた。女だからと常に見下され、出世もできず、それに反抗して武功を上げ続けた。そうやって得た女将軍の座だ。いつかは結婚をするのかと恐怖し、男から逃げながら、戦場で男を切り裂き続け……
 だが、男も女もない世界が、目の前にある。
「はふぁ……」
 ルキナの唇が離れ、フェリスのせつなげな吐息が洩れた。初めて上げる、女としての声だった。
「ボクのこと、気に入ってくれたみたいだね。嬉しいよ…」
「ルキナ……さ…ま……」
 フェリスは自分から、ルキナの口を吸った。柔らかい胸に自分の乳房が埋まった。股間に熱い肉が押し当てられると、フェリスの性器は透明な飛沫でそれを歓迎した。
 自分より幼い少女のようなルキナに抱かれたまま、フェリスは天を仰いだ。
 その視界をよぎる、深紅の影。
 巨大な、巨大な翼が、フェリスもルキナも軍勢も影に覆いながら、戦場を舞っていた。
「ドラゴン……?」
 貪欲にルキナの肌に触れることを忘れぬまま、フェリスは呟いた。そう、あれは巨大な、二本首の赤竜だ。
「ザラ! もう追いついたんだ!」
「戦場で捕虜を弄ぶなどと……相変わらず遊びが過ぎますわね、ルキナさん」
 ルキナの呼びかけに応え、凛とした美声が、戦場に降り注いだ。
「私は先に行っておりますわ! 陥落した公都に、ゆっくり入城あそばせ! ほーっほっほっほ」
 優美な笑いを風に乗せながら、竜とその騎乗者は雲間に消えていった。
「っと。ついつい、ザラに気を取られちゃった。ごめんねフェリス」
 フェリスの体がグイと持ち上げられ、浮遊感が全身を包む。ルキナが跳躍したのだと気付いた時には、二人の姿はすでに馬上にあった。
「こんな場所で悪いケド、思いっきり可愛がってあげる。フェリスの体の中の隅々まで、ボクの赤ちゃんの素でいっぱいにしてあげるね……」
「は…はいぃ……ルキナ様ぁ……」
 ルキナの柔らかい胸に身をもたせかけたまま、フェリスは恍惚と微笑んだ。

 そして……混沌は、進軍を始めた。
 

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