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ルキナと吸血王女 第一話 メイド館襲撃 
Rukina and Vampiric Princesses #1 Maids Raiding
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「ほうほう。活きの良い汁袋どもが、たくさんおる。悪くないな」
 メイド館のホールに、あどけない、しかし鋭さを秘めた声が響き渡った。
 くちゅくちゅ、くちゅくちゅ。言葉の後に、生臭い音が続く。
 くちゅくちゅ、くちゅくちゅ。声の主が、手に持った生首の脳髄を、メスでかき回す音だ。

「最悪だ。こいつら全員が、女のくせにあんなものを――」
 氷のような美声と共に、鋼の鞭が床を打つ音がする。
「醜い豚どもめ……」
 吐き捨てた言葉には、深い軽蔑と憎悪が感じられた。


 静音とメイド達の前に現れたのは、二人の美しい女性だった。
 魔力を秘めた静音の紅眼は、一瞬で二人のディティールを把握して行く。

 生首を持った少女は、10代前半といった所か。
 髪の毛は亜麻色、肌は病的に白い。
 手足は少女らしく痩せて、わずかな胸の膨らみの下からは、くっきりと肋骨が浮き出している。
 顔つきは高貴で美しいが、その紅い眼は、人間のものではない。
 人を喰らう怪物の眼をしている、と静音は感じた。

 鉄鞭を振りかざした女は、二十歳を越えているとは思うが、確かな年齢は読みとれない。
 胸の大きさは、静音の主人であるザラにも匹敵するだろうか。女らしい肉付きをしているのに、どこか媚びを感じさせない所も、ザラに似ている。
 目つきは鋭く、眉は強すぎる自我を示すように吊り上がって――睨むだけで人を殺せそうな女だ。

 二人とも、全身から凄まじい瘴気を放っている。
 普通の人間ではない。


 武器を持つ者を殺してから、持たない者を殺す。
 宙を舞う静音は敵を見定めると、本能的にその命を狙っていた。

 一刀。左上から斜めに、鉄鞭の女の首を跳ねる。
 返す刀で、少女の脇腹を逆袈裟に切り裂き、胸郭を完全に破壊する。

「っ!!」
「かはっ!」

 二人の女の喉から、かすれた空気が漏れた。
 どちらも静音の存在には気付かず、無防備。
 生物なら致命傷となる斬撃だ。

 だが――

「何者だっ!? ネフェリーデ、”見ろ”っ!!」
 女は、切り離された首を片手で繋ぎ直し、静音のすぐ脇の空間を鉄鞭で引き裂いた。
「待たぬか……わらわを直すのが……先だ!」
 ネフェリーデと呼ばれた少女は、パックリと割れた胸郭から溢れる内臓を抑えると、右手に針と糸を構えた。
 幻影のように、右手が分身する。残像が残るほどの高速で、自分の傷を縫い合わせているのだ。

 まばたきする間もなく、ネフェリーデの傷は塞がっていた。
 わずかに残った縫い目も、溶けるように消えていく。


 やはり、彼女らもアンデッドか。
 アンデッドに命はない。つまり急所もない。
 一撃必殺の攻撃を得意とする忍びにとっては、厄介な相手だ。

「ふむ。どうやら、姿を消している者がおるな。――そこか」
 ネフェリーデの左目が、モノクル越しに静音の方を見た。
 瞳が静音を追っている。”見えて”いるのだ。
「ヴィルギーニア、左上。上空に70度、90度、柱で飛んだ。右、そこだ」
 身をかわす静音の後を、ヴィルギーニアの鉄鞭が唸りを上げて追う。

「異界の魔的種族、年齢は14、5。発育は良い。筋肉は桃色で引き締まっておる……胸の脂肪量は平均的だが、乳腺は未熟だな。骨格は強靱にして美麗、ふむ。悪くない」

 静音を昆虫めいた眼球の動きで追いつつ、ネフェリーデがつぶやいた。

「ほうほう、内臓も良い色だ。女性生殖器は、歳の割には開発され過ぎだな。子宮口まで開発されておる。精巣には……ふむ、たっぷり貯め込みおって」

 ――あの眼鏡で、胎内までを見通しているのか!
 静音の背筋を悪寒が走った。

「超人的な動きだが、ヴィルギーニアのネザーアイヴィーが相手では……疲労し、酸素が不足、ほら、もう当たるぞ。1、2、3。折れた!」

 ネフェリーデの嬉しそうな声と共に、静音の右脚に激痛が走った。
 かわし切れなかった鉄鞭が足首に食い込み、骨が砕ける振動が、静音の脳髄を震わす。

「ぐ……あっ……!!」
 静音は、初めて二人に声を上げた。


***


 もちろんサツキ達も、静音の戦いを黙って見ていたわけではない。
 何もない空間から攻撃があるのを見て、サツキ達はすぐに「静音だ」と悟った。
 そしてメイド長のサワナは、屋敷の裏口目指して、メイド達を避難させ始めていた。
 数十人いるメイド達。もちろん、荷物を持つ暇はない。一刻も早く次元転移の門へたどり着くことだけを命じている。
 サツキとサワナ、カナディアの三人は、しんがりを務めるべく、まだ一歩も動いていない。

 その間にも、静音は二人の魔人と戦い続けていた。
 サツキには何も見えない空間を、ネフェリーデと呼ばれた少女が見る。
 その視線に合わせて、ヴィルギーニアと呼ばれた女が、鞭を振るう。
 出来ることなら加勢したい。だが、ダメだ。
 二人の敵が静音に意識を集中している間しか、背後のメイド達が脱出するスキは無い。

 メイド達が無言で裏口へと急ぐ。
 静音を追う鉄鞭の速度が増していく。

――静音、あと少しだ!

 あとわずかで、メイド達全員が避難する……その時。

 虚空を鉄鞭が打ち、静音の苦痛の声が上がった。
 ドサリと何かが落ちる音。
 二人のアンデッドの表情が、残忍な悦びに満ちる。
 ネフェリーデがメスを構え、ヴィルギーニアが鞭を振りかざして、音のした方へ走り出した。

「サワナ、カナディア、下がれ! 走れ!!」

 サツキは反射的に飛び出していた。

 男装のメイド服のカフスボタンが、サツキの思念に合わせて輝く。
 ボタンは一瞬で形を変えると、銃の形になって、サツキの両手に収まった。
 何度見ても、映画か小説のようだ――魔術を見慣れない脳が、一瞬そんなコトを考える。

 サツキは二丁拳銃を構えると、二体のアンデッドに弾丸をぶちまけた。

 S&W Model 500。
 地球に帰還した際に調達した、最新の銃だ。
 44マグナムを優に上回る巨大な弾丸を発射する、最大級のハンドガン。
 地球で人間を撃つには、明らかにやり過ぎの銃だが――異世界で化け物を撃ち殺すに、足りるかどうか。

 凄まじい銃火と共に、弾丸が飛び出す。大きな反動を、メイド服によって強化された筋力で押さえ込み、サツキは引き金を引き続ける。

「なっ!?」
「うに"ゅううっ!!」

 死者達が不快そうな呻きを洩らした。
 弾丸一発ずつをヴァイアランスの聖油で清め、司祭ユリアの祝福を受けた銃。
 効いている!

 ドン、ドンという爆音と共に、ネフェリーデの両足が膝から千切れ飛んだ。
 さらに銃声。ヴィルギーニアの鞭を持つ腕が吹き飛び、雲のような物質になって舞い散る。

「この豚がああああっ!!!」
 ヴィルギーニアが向きを変え、怒りの叫びを上げた。
 その姿が一瞬ぼやけると、次の瞬間にはサツキの目前に立っている。
 振るわれた左の平手打ちを、サツキは空手家の足捌きでかわした。
 ヴィルギーニアの側面に回り込むと、そのこめかみに500S&Wマグナム弾を叩き込む。一発、二発、さらに撃つ、撃つ撃つ!
 合計七発の弾丸を叩き込まれ、ヴィルギーニアの頭部は完全に吹き飛んだ。

 一挺につき装弾数は5発。これで弾切れだ。

――止まってくれっ!!

 サツキは祈る。


 だが、ヴィルギーニアの頭部は一瞬で凝り固まり、サツキに向き直った。

「大したピストルだ。黒色火薬では……ないな?」
 紅い眼光が、サツキの網膜を貫く。
 サツキは両足が凍り付くように麻痺していくのを感じた。アンデッドの魔力だ。

「サワナっ……!!」
 胸まで麻痺し始めた自分を感じながら、サツキは振り返った。


 サワナ達は、まだ逃げていなかった。

 床にへたりこんだ3人の幼いメイド達を、必死に助け起こしている。

「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ……!」
「足がっ……動かないよお」

 震え、泣き出しているリサリアを、サワナが助け起こす。
 恐怖のあまり足腰の立たないルカルナとリリィナを、カナディアが抱え上げる。

 サツキは一瞬でも時間を稼ぐため、銃身でヴィルギーニアを殴ろうとした。
 だが……もう両手とも麻痺して、動かない。

 視界の端で、両足を”縫い合わせた”ネフェリーデが、ゆらりと起き上がった。
 瞳が暗い怒りで燃えている。

「逃がすな、ヴィルギーニア」
「逃がすものか」

 ヴィルギーニアの眼光が、逃げ遅れたメイド達を射抜く。

「サワナあああああっ!!!」

 サツキの絶望の叫びと共に、サワナ達の動きまでもが、止まった。


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関連リンク:ヴァイアランスキャラクター メイドキャラ紹介

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