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「ほうほう。活きの良い汁袋どもが、たくさんおる。悪くないな」
メイド館のホールに、あどけない、しかし鋭さを秘めた声が響き渡った。
くちゅくちゅ、くちゅくちゅ。言葉の後に、生臭い音が続く。
くちゅくちゅ、くちゅくちゅ。声の主が、手に持った生首の脳髄を、メスでかき回す音だ。
「最悪だ。こいつら全員が、女のくせにあんなものを――」
氷のような美声と共に、鋼の鞭が床を打つ音がする。
「醜い豚どもめ……」
吐き捨てた言葉には、深い軽蔑と憎悪が感じられた。
静音とメイド達の前に現れたのは、二人の美しい女性だった。
魔力を秘めた静音の紅眼は、一瞬で二人のディティールを把握して行く。
生首を持った少女は、10代前半といった所か。
髪の毛は亜麻色、肌は病的に白い。
手足は少女らしく痩せて、わずかな胸の膨らみの下からは、くっきりと肋骨が浮き出している。
顔つきは高貴で美しいが、その紅い眼は、人間のものではない。
人を喰らう怪物の眼をしている、と静音は感じた。
鉄鞭を振りかざした女は、二十歳を越えているとは思うが、確かな年齢は読みとれない。
胸の大きさは、静音の主人であるザラにも匹敵するだろうか。女らしい肉付きをしているのに、どこか媚びを感じさせない所も、ザラに似ている。
目つきは鋭く、眉は強すぎる自我を示すように吊り上がって――睨むだけで人を殺せそうな女だ。
二人とも、全身から凄まじい瘴気を放っている。
普通の人間ではない。
武器を持つ者を殺してから、持たない者を殺す。
宙を舞う静音は敵を見定めると、本能的にその命を狙っていた。
一刀。左上から斜めに、鉄鞭の女の首を跳ねる。
返す刀で、少女の脇腹を逆袈裟に切り裂き、胸郭を完全に破壊する。
「っ!!」
「かはっ!」
二人の女の喉から、かすれた空気が漏れた。
どちらも静音の存在には気付かず、無防備。
生物なら致命傷となる斬撃だ。
だが――
「何者だっ!? ネフェリーデ、”見ろ”っ!!」
女は、切り離された首を片手で繋ぎ直し、静音のすぐ脇の空間を鉄鞭で引き裂いた。
「待たぬか……わらわを直すのが……先だ!」
ネフェリーデと呼ばれた少女は、パックリと割れた胸郭から溢れる内臓を抑えると、右手に針と糸を構えた。
幻影のように、右手が分身する。残像が残るほどの高速で、自分の傷を縫い合わせているのだ。
まばたきする間もなく、ネフェリーデの傷は塞がっていた。
わずかに残った縫い目も、溶けるように消えていく。
やはり、彼女らもアンデッドか。
アンデッドに命はない。つまり急所もない。
一撃必殺の攻撃を得意とする忍びにとっては、厄介な相手だ。
「ふむ。どうやら、姿を消している者がおるな。――そこか」
ネフェリーデの左目が、モノクル越しに静音の方を見た。
瞳が静音を追っている。”見えて”いるのだ。
「ヴィルギーニア、左上。上空に70度、90度、柱で飛んだ。右、そこだ」
身をかわす静音の後を、ヴィルギーニアの鉄鞭が唸りを上げて追う。
「異界の魔的種族、年齢は14、5。発育は良い。筋肉は桃色で引き締まっておる……胸の脂肪量は平均的だが、乳腺は未熟だな。骨格は強靱にして美麗、ふむ。悪くない」
静音を昆虫めいた眼球の動きで追いつつ、ネフェリーデがつぶやいた。
「ほうほう、内臓も良い色だ。女性生殖器は、歳の割には開発され過ぎだな。子宮口まで開発されておる。精巣には……ふむ、たっぷり貯め込みおって」
――あの眼鏡で、胎内までを見通しているのか!
静音の背筋を悪寒が走った。
「超人的な動きだが、ヴィルギーニアのネザーアイヴィーが相手では……疲労し、酸素が不足、ほら、もう当たるぞ。1、2、3。折れた!」
ネフェリーデの嬉しそうな声と共に、静音の右脚に激痛が走った。
かわし切れなかった鉄鞭が足首に食い込み、骨が砕ける振動が、静音の脳髄を震わす。
「ぐ……あっ……!!」
静音は、初めて二人に声を上げた。
***
もちろんサツキ達も、静音の戦いを黙って見ていたわけではない。
何もない空間から攻撃があるのを見て、サツキ達はすぐに「静音だ」と悟った。
そしてメイド長のサワナは、屋敷の裏口目指して、メイド達を避難させ始めていた。
数十人いるメイド達。もちろん、荷物を持つ暇はない。一刻も早く次元転移の門へたどり着くことだけを命じている。
サツキとサワナ、カナディアの三人は、しんがりを務めるべく、まだ一歩も動いていない。
その間にも、静音は二人の魔人と戦い続けていた。
サツキには何も見えない空間を、ネフェリーデと呼ばれた少女が見る。
その視線に合わせて、ヴィルギーニアと呼ばれた女が、鞭を振るう。
出来ることなら加勢したい。だが、ダメだ。
二人の敵が静音に意識を集中している間しか、背後のメイド達が脱出するスキは無い。
メイド達が無言で裏口へと急ぐ。
静音を追う鉄鞭の速度が増していく。
――静音、あと少しだ!
あとわずかで、メイド達全員が避難する……その時。
虚空を鉄鞭が打ち、静音の苦痛の声が上がった。
ドサリと何かが落ちる音。
二人のアンデッドの表情が、残忍な悦びに満ちる。
ネフェリーデがメスを構え、ヴィルギーニアが鞭を振りかざして、音のした方へ走り出した。
「サワナ、カナディア、下がれ! 走れ!!」
サツキは反射的に飛び出していた。
男装のメイド服のカフスボタンが、サツキの思念に合わせて輝く。
ボタンは一瞬で形を変えると、銃の形になって、サツキの両手に収まった。
何度見ても、映画か小説のようだ――魔術を見慣れない脳が、一瞬そんなコトを考える。
サツキは二丁拳銃を構えると、二体のアンデッドに弾丸をぶちまけた。
S&W Model 500。
地球に帰還した際に調達した、最新の銃だ。
44マグナムを優に上回る巨大な弾丸を発射する、最大級のハンドガン。
地球で人間を撃つには、明らかにやり過ぎの銃だが――異世界で化け物を撃ち殺すに、足りるかどうか。
凄まじい銃火と共に、弾丸が飛び出す。大きな反動を、メイド服によって強化された筋力で押さえ込み、サツキは引き金を引き続ける。
「なっ!?」
「うに"ゅううっ!!」
死者達が不快そうな呻きを洩らした。
弾丸一発ずつをヴァイアランスの聖油で清め、司祭ユリアの祝福を受けた銃。
効いている!
ドン、ドンという爆音と共に、ネフェリーデの両足が膝から千切れ飛んだ。
さらに銃声。ヴィルギーニアの鞭を持つ腕が吹き飛び、雲のような物質になって舞い散る。
「この豚がああああっ!!!」
ヴィルギーニアが向きを変え、怒りの叫びを上げた。
その姿が一瞬ぼやけると、次の瞬間にはサツキの目前に立っている。
振るわれた左の平手打ちを、サツキは空手家の足捌きでかわした。
ヴィルギーニアの側面に回り込むと、そのこめかみに500S&Wマグナム弾を叩き込む。一発、二発、さらに撃つ、撃つ撃つ!
合計七発の弾丸を叩き込まれ、ヴィルギーニアの頭部は完全に吹き飛んだ。
一挺につき装弾数は5発。これで弾切れだ。
――止まってくれっ!!
サツキは祈る。
だが、ヴィルギーニアの頭部は一瞬で凝り固まり、サツキに向き直った。
「大したピストルだ。黒色火薬では……ないな?」
紅い眼光が、サツキの網膜を貫く。
サツキは両足が凍り付くように麻痺していくのを感じた。アンデッドの魔力だ。
「サワナっ……!!」
胸まで麻痺し始めた自分を感じながら、サツキは振り返った。
サワナ達は、まだ逃げていなかった。
床にへたりこんだ3人の幼いメイド達を、必死に助け起こしている。
「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ……!」
「足がっ……動かないよお」
震え、泣き出しているリサリアを、サワナが助け起こす。
恐怖のあまり足腰の立たないルカルナとリリィナを、カナディアが抱え上げる。
サツキは一瞬でも時間を稼ぐため、銃身でヴィルギーニアを殴ろうとした。
だが……もう両手とも麻痺して、動かない。
視界の端で、両足を”縫い合わせた”ネフェリーデが、ゆらりと起き上がった。
瞳が暗い怒りで燃えている。
「逃がすな、ヴィルギーニア」
「逃がすものか」
ヴィルギーニアの眼光が、逃げ遅れたメイド達を射抜く。
「サワナあああああっ!!!」
サツキの絶望の叫びと共に、サワナ達の動きまでもが、止まった。
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関連リンク:ヴァイアランスキャラクター メイドキャラ紹介
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