第四話 激突! 獣王ヴィランデルvs巨英ジェナ!!


 その偉魁な影は、ヴァイアランス神殿の中庭に生い茂る木々の中、黙々と運動を続けていた。
 声もなく、体が上下する。精巧かつ重厚に組み上げられた筋肉が、しなり、縮み、伸ばされ、芸術の如き肉体を運動させている。リズムを取るのは、力強い吐息一つ。
 ザラ勢に属するケイオスウォリアー・ジェナのトレーニングは、それ自体が性交よりも淫靡な肉の躍動に見えた。
 本殿の屋上から鷹のような目を凝らすのは、ルキナ勢の副官・ギルディアである。
 ヴィランデルとジェナの戦いは近い。股間で硬さを増す器官に手を添え、自慰にふけりたい欲求を必死に抑えながら、ギルディアはジェナの鍛錬を観察し続けていた。
 あの体躯。あの力強さ。あの美貌が隠されていたかまでは窺えないが……
 −−しかし、似ている。
 ギルディアは己の傭兵時代の記憶を探りながら、汗を拭うジェナを見つめていた。

 そう、ギルディアが恐れた、伝説の傭兵の記憶を。


「姉様……」
 大きな胸をギュッと押さえ、パスナパが不安げに彼女を見上げる。
「どうして…まだ先の戦いの傷も癒えていらっしゃらないのに…姉様が…」
 神託が降りてから何度となく呟かれた、虚しい抗議の声。ヴァイアランスへの信仰より自分への愛が勝ることに苦悩する、妹の声。
「心配するな」
 ルキナ勢の獣王・ヴィランデルは、大きな掌でパスナパの頭を撫でて、ベッドから立ち上がった。
 白い毛皮に包まれたなだらかな陰部も、射精直後なれど反り返ったままのペニスも、まだ濡れ光っている。つい先ほどまで、実妹パスナパと交わってウォームアップをしていた証拠だ。
 だが…ヴィランデルの体の奥底では、まだ奇妙に熱い疼きが唸りを洩らしていた。あの日、麗人ザラと巨人ジェナに子宮の芯まで犯されて、雌犬の泣き声を上げ続けた日以来。覇王たるヴィランデルには似つかわしくない被虐的な欲求と、身の内を掻きむしるようなザラとジェナへの欲望が、彼女の心に取り憑いているのだった。
 勝てない勝負かも知れない。だが、偉大なるシオン=ヴァイアランスの神託を、裏切るわけにはいかない。
 例え……それが、従属と屈辱への道であったとしても。
「そろそろ時間だな。帰ってきたら、またしっかりと子種をくれてやる。腹を冷やさないように、ゆっくりとしていろ」
 牙と牙が触れ合わないように、優しく穏やかな口づけ。それはいつもより長く、二人の呼吸が静かに重なるまで続いた。
 静寂を破り、神殿の高楼から鐘の音が鳴り響く。
 ヴィランデルは頷きだけを残し、部屋の扉を押し開けた。


 その像は、神像と言うにはあまりに肉感的すぎた。
 神としての偉はまとっている。だが、その豊かな胸の造形や、遙か頭上まで伸びる男根を見れば、誰もが自慰の対象にできるだろう。いや、その美だけで見る者を射精させてしまうやも知れない。
 シオン=ヴァイアランス。混沌の窮境の座に坐まします、両性具有の大神。
 その怜悧な石の瞳が見下ろす祭殿には、数十人の混沌の戦士達が輪を作っていた。
 かたや、神殿本来の守護者ルキナ。愛らしい笑みは最初の決戦を前にしても変わりなく、それはまるで部下の敗北すら楽しみにしているかのように……屈託がない。
 かたや神殿への挑戦者たる麗人ザラ。ルキナとは対照的に勝ち誇った表情は、生来の高貴な顔立ちと相まって、息を呑むほどに美しい。かしずき、自ら座所となる逞しい戦士達の肌に身を任せながら、優雅に戦場を見渡していた。
 いよいよ、この神殿を巡る戦いが始まる。神託により告げられた決戦に従い、ヴィランデルとジェナが肉体の限りを尽くした淫戦を演じるのだ。
 カナディアと共にルキナの側に控えたギルディアは、募る疑念に息を詰まらせながらも、すでに神殿の赤絨毯に立つヴィランデルを見ていた。
 獣王の強さは十分承知している。しかしそれでもなお、あのジェナという両性具有者の正体が分かるまでは、安心できない。
「来ましたわ…!」
 優美なザラの声が高い天井に響きわたり、ザラ勢の列が開いた。
 ひときわ背の高い金髪の姿が、悠然と祭殿に踏み入る。
 湖のように澄んだ青い瞳、厚い胸の上で微かに揺れる形のいい乳房、臍よりも高くそそり立った剛剣のようなペニス。
 ギルディアは唾液を飲み込んだ。先ほど見た、白人種にありがちな柔らかい勃起をしていると思ったペニス……あれは、ジェナにとっては萎えた状態だったのだ。
 そして最後に目に入る、血錆のこびりついた鎖籠手。ジェナはそれを無造作に投げ捨てる。
「あれは……っ!!」
 思わず口に出た言葉を、カナディアが受け止める。
「どうしたよ、ギル?」
「やはり……アイザーネ=ファウスト!」
 長く感じていなかった恐怖と戦慄が、ギルディアの中で重い瞼を上げ始めた。
 伝説の傭兵、アイザーネ=ファウスト。戦場を切り開く鋼の拳。
 そいつは、武器すら持たずに戦列に立つという。いや…その武器は、緑の金具と鎖で覆われた、そいつの拳だ。
 オーガほどもある身の丈のそいつは、全身をプレートメイルで包み、一言も声を発することなく、突撃する。
 突き出された拳は騎士の鎧をブチ抜き、振るわれた腕は歩兵を薙ぎ払い、投げ上げられた騎馬は城壁に激突して肉塊となった。
 ギルディアは見た。あの戦場で、最後の頼みの綱だったグレートキャノンの砲弾を殴り返したそいつを。
「じゃあ…そ、その伝説の傭兵が…あのジェナってヤツだってのか!?」
 頷くギルディアの肩は、恐怖の記憶で小刻みに震えていた。
「馬鹿言うなよ…混沌じゃない…巨人でもないんだぜ? 今はヴァイアランスだとしても、ただの人間がそんな…」
「私は敗残兵だった。だがな……そいつは、たった一人で我々を敗残兵にしたんだぞ!!」
 顔を上げたギルディアの目前で、戦いの始まりを告げる祭壇の炎が噴き上がった。

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