CHAOS JYHAD 第二話 剣王の娘

 生物の機能はほぼ全て数値化できると、私は考えている。
 我々ケイオスドワーフがそうした考えに至る素養は、雑多なグリーンスキン……オークやゴブリンの品種改良の研究にあったのであろう。
 例えれば、私が知的好奇心を主たる動機として主従関係を結んだザラ=ヒルシュ。その並ぶ数字の高さをグラフにしただけでも、芸術に匹敵するような能力を有している。
 では私の作品ギルメイレンはどうか。これはザラ=ヒルシュとは対照的に、いびつかつアンバランスな能力曲線を見せるが、その成長ぶりは研究者としてとても興味深い。

 右記が、私が作成した各個体に関する能力グラフだ。
 ではそれを踏まえて、あの個体について考えてみよう。

 肉体的能力に関しては、発育十分である。父が辺境の覇王であるという遺伝的素質によるものか、筋力の評価値は6。これは平均的なトロールを上回っている。
 剣技の技術度に対しては、72の評価を下そう。剣士として最高とは言えないが、その筋力と攻撃回数を考えれば、まったく問題のない数値だ。
 知性は十分に高い。が、教養のなさが致命的である。評価値32。今後の教育に期待できよう。
 ただし、この教養のなさについて、個体は心理的なコンプレックスを持っているようである。
 そのためか、ことあるごとに私に反抗する。概して知能が低い人間が、ケイオスドワーフの思考を理解できない所までは分かるのだが……
 そう思って研究を続けた所、興味深い事実が判明した。

 どうやらあの個体は、私に恋愛感情を抱いているようである。
 個体間の交接に至るまでに複雑な心的プロセスを踏むのは、いくつかの知的種族に見られる特徴であるが、それをケイオスドワーフに適用する人間は大変珍しい。
 あの個体は両性具有である為、私自身も交接することに違和感はない。身体的能力から推定するに、交接時に得られる快感はかなりの量が期待できる。
 だが、あの個体はまだ私と交接する心理状態に至らないらしい。
 私に対して、興味と反抗が入り交じった態度を取るのは、興味深くも滑稽であるが……
 もうしばし、研究と観察を続け


「ふにゅああ……やはり思考を文章化する行為は、不慣れゆえに疲労するのだ……」
 ザラ勢の天才ドワーフ・ザナタックは、ペンを机上に放り投げて、大きく伸びをした。
「考えたら、どうせこんな物を提出しても、誰も読まないのだ。ムム、なぜこれをまとめようと思い立ったのか……む? むぅ…?」
 背もたれの後方に体を倒し、大きな帽子が床に着くほど、伸びを続けているザナタック。
 思考はあらぬ方向に飛んでいって、自分の姿勢にも気付かぬまま唸り続けている。
 その、逆さまになった視界の中で、ドアが開いた。
「ザナ、ずっと部屋に籠もって何してんだ? 体、なまっちまうぞ」
 そこには、波打つ刀身の曲刀を小脇に、ドアよりも大きな美丈夫が立っている。
 澄んだ青い瞳と、逆さになったザナタックの瞳が、ついと合った。
「ローラ=ツィウロクか。ふむ、ちょうどお前のことを考えていた所なのだ」
「…?」
 一瞬頬を染めたローラを見て、ザナタックの好奇心が動き始めた。

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