第五夜 
           


 喰ラエ。

 ただそれだけが、ミノタウロスの本能だった。
 目に映る者全てを殺し、その肉を裂き、貪る。喉を滑り落ちる臓物の感触を味わい、口を鮮血で染める。
 それが、ミノタウロスの成すべきことだった。

 俺ハ、強イ。
 ミノタウロス・ゼブジールは、生きる内にそのことを自覚していた。
 通常のミノタウロスの数倍はある体躯。大蛇が絡み合うように密集した筋肉の束。人間が持つ小さな金属など簡単に弾き返す、しなやかな鎧のような皮膚。
 拳を振るえば、どんな生き物も生肉の塊となって、ゼブジールの食欲を満たした。
 喰ラエ。
 ゼブジールの巨大な力は、その本能に応えるのに、十分だった。

 コイツハ、喰ラウナ。
 人間が住む小屋が集まった場所を襲い、逃げまどう小さな奴らを口に運んでいた時、そんな感覚が浮かんだ。
 人間を包んでいた鉄の殻を吐き出して、その変なものを見下ろす。
 壊した屋根の下で震えているそいつは、自分と同じような肉の塊が胸からぶら下がっていて、他の人間より細かった。
 柔らかくて旨そうだったが、喰ってはいけないものだと感じて、やめた。
 下腹に、変なわだかまりを覚えた。

 その晩、ゼブジールがねぐらに戻ると、知らない匂いが辺りを漂っていた。
 下腹の違和感がますます増して、ゼブジールは不機嫌なうなり声を上げた。
 広い洞窟の奥に、わずかな灯り。その中に立つ、大小二つの影。
 大きくて白い獣と、小さくて茶色い人間。

 コイツラハ、喰ラウナ。
 まただ。こいつらも、旨そうなのに。

「成程……巨大化したミノタウロスか。素晴らしい。戦士として、種牛として……」
「フフ。ヴィル、こんなに大きいコ、どう料理するつもりなの?」
 狼のような声と、小鳥のような声を聞くと、下腹が震えた。

 コイツラハ、喰ラウナ。

 交ワレ。子ヲ残セ。

 下腹の塊が灼熱して、ゼブジールは夜闇に咆吼を上げた。

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