第十夜 ヴェーラ=クィススチオ
最後に笑ったのは、いつだったろうか。
四年前。村がミュータントに襲われ、その傷で兄は片目を失った。あの晩までは、笑うことがあったような気がする。
狩人となる道を断たれた兄は家を出て、残された父は酒を飲んで荒れ狂うようになった。
それからだ、ヴェーラが笑わなくなったのは。
泣くのはイヤ。笑っていたい。
笑って、いつも笑顔でいられるような、楽しい暮らしがしたい。
でも、嫌な臭いのする安酒を飲み、拳をヴェーラに振るう父が、それを許さない。
死んでしまった母さんと、行ってしまった兄さんを想い、ヴェーラは泣き暮らした。
その夜、父の荒れ方は今までになくひどかった。
そして父は、あろうことかヴェーラの服を引き裂き、その体に触ろうとしてきたのだ。
長く狩人をしていた父の腕力は、抗い難いほどに強かった。父の下半身には、見たこともない蛇のようなモノが生えていた。
酒臭い息を吐きながら、父はヴェーラにのしかかってくる。汚れて真っ黒になった腕が、ヴェーラの薄い胸をまさぐろうとしている。
恐ろしくて。
あまりに恐ろしくて。
父の腕をつかんだヴェーラは、それを引き抜いた。
信じられないような力が、自分の中にわき起こっていた。
右腕を肩の関節からちぎり取られた父は、黒い木の床を血に浸しながら、目を見開き、絶叫している。
父が鉈を手に取った。
斬られると思って、ヴェーラは反射的に拳を振るった。
父の頭は、爆ぜて無くなった。
村がその流血に気付く頃には、ヴェーラはもう森を彷徨っていた。
笑っていたいだけだったのに。泣きたくないだけだったのに。
なんで、父さんを殺してしまったのだろう。
頬が熱くて、足取りがおぼつかなくて、ヴェーラは何度か樹にぶつかった。
しゃっくりが出た。何時の間にか、酔ってしまったみたいだ。
樹にぶつかっても、衝撃は少ない。薄かった胸はクッション代わりになるほど大きくなっていて、全身の筋肉も熟練の狩人のように発達していた。
しかも、見れば自分の肌は真っ黒になっている。
さらに視線を落とすと、そこには、父さんのより何倍も大きな、そそり立った蛇みたいなモノ。
なんだか、父さんみたいだ。
「はは。ははは。あははははは」
無性に楽しくなってきて、ヴェーラは笑った。
アルコールで霞がかった意識のまま、笑って笑って、笑い続けた。
そのうち、茶色くて柔らかいものにぶつかったけれど、眠いのでそのまま寝てしまった。
暖かいから、嬉しくって、微笑んだまま寝た。