§§§§§ 転機 §§§§§



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凛と背筋を伸ばし、歩く。
託された書類が、少し重い。 が。 それもよくあること。
その足どりに、いささかの乱れもない。


そして。


たどり着いた部屋。 その主は、不在。 扉は、開かない。


出直そう。


そう、思って。 踵を返す。


書類の重みに、腕が痺れてきた。


持ち直そうとした拍子に。 ばさり。 真ん中近くの封筒が、ひとつ、滑り落ちた。
開封され、チェックも済んで、裁可を取るばかりの、書類。 封筒から、少し顔を出す。


拾おうとかがむと。 はみ出した書類。 その右上の、写真。
頼りなさげな、少年の顔。 それが目に飛び込んだ刹那。


背筋に、電撃が疾った。 心臓が早鐘を打ち。 頬が、燃えるように熱い。


何故か、わからない。


下腹部が、甘く疼き。 写真から、目が離せなくなって。


力が、抜ける。


書類をすべて取り落とし、へたりこむ。 そんな自分に気づくまで、数分かかった。


−−− .....いっしょになりたい.....。


胸にこみ上げる、燃え盛るような感情。 抑えられない。 抑える気さえ、起きない。


初めての、感覚。


落とした書類を、猛然と拾い集め。


自分のカードで入れる、最寄りの部屋に飛び込んで。 鍵を、かける。
しがみつくように端末に向かい。 これからすることの、可能性を検証する。


−−− 制度的に、可能。


『上』のサーバーから、フォーマットを取り寄せ。 初めて、写真以外の部分を見た。
マルドゥック機関からの、報告書。



「...司令の、子供なのね...」



声に出して、呟く。


恐らく、時間に余裕はない。 慌ただしく、必要な情報を打ち込む。
これで、記入『は』完了。


残る問題。 それは.....碇外道の、電子署名。
その秘密鍵は、MAGIの中。 当然、パスフレーズも、知らされてはいない。


たったひとつの問題は。 しかし、とてつもなく、困難だった。


自らを鼓舞するように。 じっと、少年の写真を見つめる。


「.....待っててね.....」


自らに言い聞かせるように、呟いて。


端末に視線を戻し。 猛然と、クラッキングを開始する。
.....ハッキングと言わないように。


並のクラッカーとは比較にならないスピードで、防壁を突破する。 が。
ここは、それを遥かに凌駕する怪物揃いのNERV。 気づかれない筈も、なかった。


あっさりと解錠され。 完全装備の保安部員を先頭に。 リツコが、そして、外道までも、やってきた。


「.....レイ?! あなた.....何、してるのよ.....」


その問いかけには答えず。 答える余裕すらなく。


「...指令...いえ、お父さま!


「...む? お父さま、だと?」


「お父さま.....これに、署名を.....」


す、と、端末の前から身を退かせる。


「何だ?」


端末に向かいながら、ポケットから左手を出す。 そして。 擦れ違いざまに。 少女の腕に、無針注射器を押しつけた。
びくん、と身を震わせて頽れる少女を左腕一本で受け止めて。 保安部員たちを、下がらせた。


「.....まったく、何をしようと.....む?! シンジとの婚姻届、だと?!」



セカンドインパクト後の混乱期。 病的に『家名』にこだわる、俗にいう『名家』の一部が暗躍して改正に持ち込んだ民法は。 未成年同士婚姻を、双方の親権者の承認だけで  − 本人達の意思とは完璧に無関係に −  成立させることを可能にした。


道の、シンジの父にしてレイの後見人の、電子署名さえあれば。 シンジの知らぬ内に二人を夫婦にする事さえ、合法的に可能。 レイの望みは、火を見るより明らか。


「ま、まさか...レイが、そんな.....


恋愛性行為を禁じられ。 禁止するにあたっての『見本』として見せられた『実演』にさえ、心身共に何の反応も見せなかったレイ。


その豹変に、呆然として。


「.....早すぎるな.....。 む?」


ふと、レイが握り締めていた書類に目が行って。


「これは...。 これを、レイに持たせたのか?」


「え? あ、はい。 確かに...。 封筒に入れてあった筈ですが...あら?」


封筒の角が、型崩れしていた。


「落とすか何かして、出てしまったのを見たようですね。 後で監視カメラの映像を
 確認してみますが...」


「これも、運命だというのか...? だが...計画に狂いが生ずるからな。 レイの望み、
 叶えてやる訳にはいかん」


今はまだ、という言葉を飲み込んだ。


「そう...そうですね...」


「赤木博士」


「はい」


「手伝え。 レイを処置する」


「どのように、なさるおつもりですか?」


「今日一日の記憶を抹消、同時に洗脳を施す」


「手法は?」


「洗脳薬をベースにする。 音声、映像、インターフェースからの擬似記憶導入も
 使え。 但し、に関する事項は一切使うな。 逆効果になるだけだ」


「内容は?」


「任務以外に興味を持たせないように調整しろ。 厳重にな」


「心理バランス上の基準は?」


「ふむ...。 全ての基準は私に設定しろ。 他の者を基準にするよりは安定する
 だろう。 私への依存以外、いかなる感情も不要だ。 破壊しろ」


「.....わかりました.....。 でも、よろしいのですか? 明日のシンクロテスト、
 洗脳が安定するまで遅らせた方が安全ではありませんか?」


「..........予定に変更はない。 我々には、時間が無いのだ.....」



そして。 翌日。


求めて満たされぬ肉体と、書き換えられた記憶。 自覚を許されぬ、魂に刻まれた燃え盛る想い。


バランスを失った、ココロとカラダ、そして、タマシイ。


剃刀の刃を渡るような、精妙極まる制御を要するプロトタイプ、零号機。



そう、なるべくして。



零号機は、暴走、した。




















「.....で、先の実験の事故原因はどうだったの?」


「未だ不明。 .....但し、推定では操縦者の精神的不安定が第一原因と考えられるわ」


「精神的に不安定? あのレイが?」


「えぇ...。 彼女にしては信じられないくらい乱れたの」


「何があったの?」


「分からないわ...。 でも、まさか.....?」


「何か心当たりがあるの?」


「いえ...。 そんな筈ないわ...」



あれでさえ、洗脳が足りなかった。 そんなことは、考えたくもなかった。





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