【SS】無口な理由は……

by 神宮寺


 

 

「どうですか、先生」

 治療ユニットの上の少女は、医師に向かって今にも飛び掛かりそうな勢いで尋ねた。

「そ〜だねぇ」

 中年の医師は、わざと間延びした声をあげ、彼女の勢いを逸らすと、傍らの医療用

 アナライザにX線像を表示させ、穏やかな口調で説明を始める。

「先月より、上の1番と2番が両方とも2mmづつ動いてる」

 少女は、これ以上はないという真剣な面持ちでその説明に聞き入る。

「この調子で行くと」医師は、わざと言葉を切り、始めて少女に向きあう。

「あと2ヶ月位で綺麗になるでしょう。まぁ〜、もっとも、その後保定を…」

よかった〜

 説明を皆まで聞かずにあげた少女の安堵の声が、さして広くない診療室に響きわたる。

 その声の大きさに、他の治療ユニットに座っている患者までが怪訝な表情を浮かべるが、

 少女はそんな事を気にもかけず、白い頬を紅く染め、喜びの涙すらうかべている。

「大袈裟だね〜。そんなに早く綺麗になりたいかい?」

 中年の医師は、救いを求めるような顔を傍らの衛生士に向ける。

 向けられた衛生士は、苦笑でそれに応える。

「だって……」周囲のそんな情景に気づかないまま、少女は涙でしゃくりあげなが

 ら言葉を続ける。

「先月は毎日試験か………使徒が来るかで……忙しくて……ろくに……装置を使え

 なかったから……もし……前より悪くなってたら……どうしようかと思って……

「ろくに装置をって、一日中つけてたのかね?」

 医師は心底あきれたという表情を浮かべ、天を仰いだ。

「よく、顎が痛くならないね。この装置は、夜寝ている間だけ使えばいいんだよ。

 起きてる間も使ったら、モノは食えないし、ろくに話す事もできないじゃないか」

「いいんです。一言もしゃべれなくったって。それで……綺麗になれるのなら……」

 熱心に喋る少女の瞳には、狂気に近いものが浮ぶ。

「私、小学校の時、クラスの男の子達に、『牙っ子』て馬鹿にされて、それで……」

「成る程、例え、一日中、一言も喋れなくても、好きな男の子にはそんな姿は見せ

 たくない。そして、一日でも早く、綺麗になった姿を見てもらいたい」

 わざとらしく大げさに肩をすくめ、ため息をこぼす。

「まったく、乙女心だね〜」

 診療室のあちらこちらから、忍び笑いの声が上がった。

「先生どうして……」

「どうして、そんな事を知っているのかって?そりゃ〜、ある日、包帯まみれの女の子

 が、いきなりうちに飛びこんで来て、しかも鬼気迫る表情で『綺麗になりたいんです』

 なんて言うのは、それ位しか理由が思いつかんよ」

 

 次の瞬間、診療室内が爆笑で包まれた。

 

 

 

 

 数分後、差し出された手鏡に写った姿を見つめながら、少女は小さな口を精一杯開け、

 マウスピースに似た道具を口に咥える。内心で、こんな姿だけは、恋する男に見られ

 たくはないと思いながら。

「装置、痛くないかい?」

 医師の問いに無言で頷く。

「君は、ホント、装置を入れると無口になるねぇ」

 再び、無言のまま頷く。

「しかし〜そんなに気になるものかねぇ」

 ジト目に近い目つきで医師を睨む。

「ごめんね。歯並びを綺麗にしてるのが仕事の人間の台詞じゃないね。

 でもねぇ、私が子供の頃にはそれが売りのアイドルもいたんだがな〜」

「嘘」

「嘘じゃないさ。微笑んだ時に見える八重歯が可愛いってね」

 

 歯科医師の言葉に、綾波レイは、ぎこちない笑みを浮かべた。

 

 

< 完 >


 

 

 あぁ回線の向こうから石が飛んでくるのが分かる……

 

 でもめげず、もう一本行きます。

 

 


【SS】無口な理由は…… < Part2 >

by 神宮寺


 

 

「この歯なんですけどね」

 私はそう言いながら、アナライザのディスプレイを患者に向ける。ディスプレイには、

 パントマー顔の下半分のX線像が映っている。

「えぇそうです、この下の、そう、奥から2番目のやつです」

 私は、努めて穏やかに、そしてにこやかに、患者に説明を続ける。

「長い事頑張ってくれていたんですが、もう限界のようです。抜いてしまいましょう」

えー!

 診療ユニットに座る患者の表情は心底青ざめていた。『癌の告知をしたわけじゃないん

 だから』というツッコミを入れたい衝動を押さえつつ、ディスプレイに映るカルテを読

 む。ううむ。1967年生まれ?私と同じ年か。何故かため息に近いものがこぼれる。

抜いちゃうんですか先生……

 患者は、すがる様な目つきで私を見上る。

「残念ながら、抜くしかありません

そうですか……」この世の終わりの様な表情を浮かべる。

痛くしないでくださいね……」

 その姿とその声は、TVや新聞から私が知った姿からは、想像もできないくらい弱々し

 かった。

 

  世の中には、子供の頃歯医者のお世話にならなかった幸運な人間が、時々存在する。

 だが、世の中はそれ程甘くはない。そういう人間は、大概歯磨きの習慣が身に付かず年

 を経てから別の理由で歯医者に通う事になるのだ。そして、その中には歯医者について

 免疫がない分、非常に情けない反応を示す人間が、まれに存在するのだ。

 そう、この患者の様に。

 

「先生……」

「なんですか?」

「この歯を抜けば、わしの口臭おさまりますかね〜

 そう言いながら私の方へ身を乗り出す。

おさまりますよね〜

 髭だらけの暑苦しい顔を更に近づける。唾が飛び、彼の口が発する悪臭が、私の鼻腔を

 おそう。顔をしかめたくなるのを、なんとか2枚重ねした活性炭入りマスクと職業意識

 で無理矢理押さえる。

「残念ながら、あなたの場合、病状が進行し過ぎています。今更、1本や2本歯を抜いた

 処で、一寸なおる代物ではありません」

「そうですか……」私の言葉に彼の表情はさらに息沈着した表情になった。

「わし……この口臭のせいで、人とろくに話せないんです。最近は会議の類は立体映像

 で済むからいいんですけど、部下と話す時なんかなるべく距離をおいて話すんです。

 それも、いつこの匂いに気付かれないかとビクビクしながら、必要最小限のことしか

 話さないんです。きっと部下には嫌われてるでしょうね〜」

 

 首を縦に振りたい衝動を職業意識で押さえつける。

 

「そうですか、それじゃ……」

 傍らにいる衛生士に、局所麻酔の用意を指示する。指示された衛生士は飛ぶ様な勢いで

 注射器を取りに行く。あぁ、替われるものなら替わって欲しい。

「先生、聞いてください」

『聞きたくない』そう言えたら、どれほど楽な事だろう。

『患者の愚痴を聞くのも医者の役目だぞ』条件反射に近いレベルまで刷り込まれた

 恩師の言葉が、頭に浮かぶ。『教授……医者の愚痴は誰が聞いてくれるのです?』

「わし、息子がいるんですよ」

 どうやら、誰も聞いてくれないらしい。

「女房に先立たれたんで人に預けていたんですが、この間、3年振りに再会したんです。

 仕事に必要だったので、呼び寄せたんです。けど、あの子がまだこんな小さかった頃、

 『お父さん、お口くさ〜い』って言われて泣かれた事があったもんで、以来、どうも、

 あの子に近寄れんかったんです。もし、また嫌われるんじゃないかと思うと、遠くから

 突き放すような言葉しか言えんかったです。

 本当は3年もほったらかしにしていた事を詫びたかったんですよ〜。あたたかい言葉の

 一つもかけて、死地に赴く息子を抱きしめてやりたかったんすよ〜。

 そうでなきゃ……死んだ女房に申し訳なくて………それなのに、わしときたら…………

 

  気がつくと、診療室を重々しい沈黙とすさまじい悪臭が支配していた。

 私は同じ年の患者の繰り言を『診療室の洗浄代、治療費として請求しようか』などと愚

 にもつかない事を考えながら、患者の言葉を聞き流していた。本当なら深呼吸の一つも

 して落ち着きたかったが、とてもできる匂いではなかった。

 

「いいですか、さん」私は右手で注射器を握りながら宣言した。

「歯槽膿漏の治療には時間がかかるんです。そんな風に悩んでばかりいると、いつまで

 たっても、息子さんと会話ができませんよ」

 

 私の言葉に、碇 ゲンドウは弱々しく頭を垂れた。

 

 

< 完 >


 

 あぁっ、回線の向こうから槍が飛んでくる……

 

 いや、外ン道が外道でないとしたら、あんな大きな部屋で突き放すような喋り方をする

 理由を私なりに考えてみたんですけど……やっぱり顰蹙ですかね……

 


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