ルキナのことが、好きだった。




 始まりは、森の中で見た、レベッカの微笑み。
 ザラはそこに、生まれて初めての恋を見出した。
 だが……

 初めての恋は破れ、辱められ、ザラは混沌に身を投じた。
 初めて恋した人間を凌辱し、さらなる力と支配を求め、限りない罪を背負いながら、戦い続けた。
 血を。敵の血を。 快楽を。犠牲者の快楽を。
 自分が、まったく違う存在になってしまったことに、ある日、ザラは気付いた。
 もう、何も知らない子供ではない。全てに恐れられ、全てを支配する、混沌の魔将・ザラ=ヒルシュ。

 けれど……
 初めて出会った時のルキナは、なんの屈託もない笑顔で、ザラに話しかけてきた。
 それは、偉大な混沌の魔将へのへつらいでも、邪悪な混沌の破壊者への憎悪でもなく……

 幼い頃に出会った、レベッカのような友達と同じ微笑みだった。

 ザラは、まだザラのままだ。ルキナの微笑みは、そう教えてくれたのだ。




 ザラは、ルキナのことが好きだった。

 けれど何時からなのだろう…
 けれどどうしてなのだろう…

 どうして、私はルキナを憎んでいるんだろう………



 それは…
 それは、どんなに恋しても、ルキナと対等になれなかったからだ。


 混沌に触れて変質していく自分と違い、初めから混沌の申し子として産まれた、無垢なルキナ。
 自分がもがき、努力し、将の務めを成し遂げる最中も、ルキナは高みを飛び続けている。
 いつも勝てなかった。剣技でも、戦功でも、ベッドの中でも。
 自分は、ルキナと対等にはなれない。

 どれほど恋しても…どれほど体を重ねても…ルキナはいつも空の上。
 私は地をはいずり回り、空を見上げて、恋い焦がれる。そして恐怖する。
 永遠に愛し合いたいという欲求と、劣る者として捨てられるかも知れないという恐怖。
 対等になりたかった。友達になりたかった。あの微笑みを、永遠に交わせる仲になりたかった。

 だから…それができないから……ザラはルキナを憎み、支配しようと思ったのだ。

 ルキナの羽根をもいで、自分の物にしてしまえば……もう、ザラを捨てて飛び去ることはできないのだから……


***


 ルキナの瞳が、じんわりと光を取り戻した。
 荒々しい動きを止め、ルキナの額に張りついた髪の毛に触れるザラ。その顔を、赤子が母を見上げるような仕草で、ルキナが不思議そうに見つめた。
 ザラは、ルキナと繋がり合ったまま、そっとルキナを抱き締める。

 そして、全てを語った。

 ルキナへの愛を、嫉妬を、羨望を、憎悪を、欲望を、恐怖を。
 高貴さの影に押し隠してきた、魂の毒を。
 ルキナに涙を見られることも、声が途切れ途切れに震えることも、何にも恥じず……全てを語った。

「けれどね……ルキナさん……」
 涙でぼやけた視界で、ルキナの愛らしい顔を見つめつつ、ザラは言う。

「あなたを倒して…犯して…地に堕として……初めて気付きましたの」

「こんなことをしたかったんじゃない。ワタクシは…本当は、ルキナさんと一緒に飛びたかっただけなんですわ……」


 そこまで言うと、ザラはルキナを胸に抱き、そっと目を閉じた。
 長い長い間張り詰めていたものが切れ……それでいて、その空虚に清水が湧き出るような……不思議な心地がした。



「にゅ…」
 数度ザラの胸に頬を擦り付け…くすり、とルキナが笑った。

「もお…そんな心配してたなんて…バカだなあ…ザラは……」
 ゆるやかな快感のためか、頬を上気させながら、ルキナはザラを見上げ、笑顔を作っていた。
 その微笑みに呼吸は止まり、ザラの瞳はルキナの瞳だけを映す。


「だって今日……ザラは、ボクより高いトコを飛んで見せたじゃないか。今度は……ボクが、ザラを追っかける番だよ」




「……ザラの勝ちだね。おめでとう、ザラ」


 それは、初めて出会った時と同じ、ルキナの微笑みだった。

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