視界そのものが泡だっている。体を巡る血が、逆流している。

「な…何っ……コレ……」
 ルキナは初めて味わう感覚に混乱しながら、両手をつき、荒い息を吐いた。
 自分の体の半ばを構成する、混沌の霊力が、制御できない。行き場を失ったエナジーが体内で荒れ狂い、内から灼かれてしまいそうだ。

 ルキナは立ち上がろうとして数度し損ない、顔をシーツに押し付けた拍子に、驚くべきものを目にした。

「ウソ……」

 二人分の性液でぬめり光るルキナの股間には……ペニスが、一本しかなかった。



「な…なんで…? ボクの…おちんちんが…少ないよ……?」
 霞む視界の中で幾度も確かめ、手で触れる。だが、確かにルキナのペニスは一本だけ……本来ペニスとして変異しているはずのクリトリスは、常人なみのサイズになって、ルキナの愛らしい陰部に収まっていた。

 背後で、立ち上がる気配。

「っ!」

 ルキナはとっさに身を翻そうとした。だが、四肢に力が入らず、もつれ、転がる。
 広大な寝台にぐったりと倒れたルキナを……美しい長身が見下ろした。

「ザラ……」
「ワタクシの陥穽(ワナ)…お気に入りいただけたかしら…ルキナさん…?」

 立ち上がったザラは、その長い脚線の狭間から滝のようにルキナの精液を垂らしつつ……優雅に、微笑んで見せた。


***


「苦しいでしょう、ルキナさん…? 両性具有のバランスが崩される感覚は……」
「バ…ラン…ス……?」
 霞んだザラの影に見下ろされ、しかし動くこともできず、ルキナは切れ切れに呻いた。
「ええ。ルキナさんの中にある絶大な性の力……男女両性を持つだけでは抑えきれず、制御に二つものペニスが必要な、その力……」
 ザラは口元に手をやると、邪な笑みを瞳に浮かべる。

「その力の出口の一つを……」
 パチン、とザラの指が鳴った。

「今貴女の中では、制御と出口を失った混沌の霊力が、溢れ、狂い、暴れ回っている…そうではありませんこと?」
「……!」
 ザラが自分の状況を正確に把握していることを知り、ルキナは戦慄した。
「でっ…でも…そんなっ…! ボクのおちんちんを無くしちゃうなんてっ…どう…やって……!?」
 荒れ狂う精力がついにペニスから溢れ出す。射精もしていないのに、先走りとして精液が噴き出すペニスを必死に抑えながら、ルキナは叫んだ。
「無くしたわけではありませんわ。ただ……ヴァイアランスのお力を以て、ワタクシの子宮に封じただけ」
 ザラは、その声に明かな陶酔を交えつつ、すべらかな下腹を撫でた。

 その肌には…いつの間にか、見慣れぬ配置でヴァイアランスのルーンが浮かび上がっている。

「…そ……それって……大地母神の配置っ…!?」
 ルキナは、かつて同輩のケイオスソーサラーから聞かされた魔術の知識を思いだし、丸い瞳を見開いた。

 性と豊穣を司るシオン=ヴァイアランスを、両性具有の大地母神として崇拝している世界は、数多い。
 そうした世界の中には、ヴァイアランスの子宮に対する崇拝を特に重視し、独自の魔術体系を造り出す信徒達もいるという。
 いわく、全てが産まれ還り行く場所であるヴァイアランスの子宮は、全てを愛し、呑み込み、包み込み、封じることすらできる……


 そしてザラは…混沌に身を投じる前は、大地母神の僧侶だったのだ。


「……そうですわ。術の原理そのものは、すぐに理解できた……あとは日々の鍛錬を繰り返し、ヴァイアランスの恩寵を請う力を、少しでも高めるだけ」
「いつ…の…間に…」
 ザラがそこまで魔力を高めているとは……想像もしていなかった。
「鍛錬の差…そう、日々の努力の差ですことよ、ルキナさん。この力……かつてドルイドだったワタクシこそに、ふさわしいと思いませんこと?」
 すでに獲物を地に倒した獅子のように、ザラは悠然と歩み寄って来た。
 しかし、常に勝利を勝ち得てきたルキナの本能は、その中にあり得る勝機を必死に捜して、もがく。
 ザラが少しでも油断すれば、まだ、戦うことができる…!

「おっと…油断は、いたしませんことよ。ルキナさんの力なら、まだ勝機を奪われかねませんわ…」
 ザラは狡猾な戦略家の瞳でルキナを見下ろすと、その手に魔力の結晶を作り始めた。

 あれは……ダメっ……!!

 知っている。あれは、ザラが配下を処罰する時に使う、混沌の媚薬結晶だ。
 日頃のルキナなら、なんとでも対処できる。だが……霊力の制御を完全に失った今、あれを撃ち込まれたら……!!

 衝撃と痛みが、腿を貫いた。

 魔力の結晶は一瞬でルキナの体内に吸い込まれ、溶けこんでいく。
「くううっ!!」
「まだまだですわっ!」

 ウソっ……

 腕。腹。胸。腿。胸。首。腕。
 一切の容赦なく、一撃で混沌戦士を狂わせる媚薬魔術が、ルキナの全身に撃ち込まれた。

「ぅあ……」

 息が詰まった。
 もはや、荒々しい霊力の猛りは感じない。
 うねっている。
 体の中全てが快楽の渦になって、不気味にうねっている。皮膚一枚すら間になく、快楽の源そのものが剥き出しになって、大気にさらけ出されているようだ。
 今はまだ、うねっているだけだ。
 けれど…もしザラに…少しでも、触れられたら……

「これでいかがかしら、ルキナさん? さあ……たっぷり、苛めて差し上げますわ…」

 ザラはルキナの頬を両手に取ると、そっと、身を重ねた。
 褐色の豊かな凹凸に密着する、白磁の肌。ルキナの上に、ザラの肉感的な重みがのしかかった。
 それだけで。
 二人の間で、ルキナのペニスが弾けたように射精を始める。



 ゴメン…みんな……



 ボク、もう……ダメかも知れない……



 ルキナの胸を、甘く痛む絶望が貫いた。

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