指で触れれば音がしそうなほどに、空気が張り詰めていた。

 五度までの聖戦が繰り広げられた、ヴァイアランス神殿の大聖堂。巨大な神像が見下ろすその広間に、ルキナ勢・ザラ勢全ての者達が集っている。
 そう、今日こそが聖戦最後の日。偉大なる二人の将、ルキナとザラが直接体を交える日なのだ。

 向かい合う陣営の中央に、それぞれルキナとザラが立つ。その様は、初めてザラが神殿を襲った日と同じ。
 違うのは、互いに混沌の鎧を身にまとい、愛用の武器を提げた、完全武装の姿であることだけだ。
 ルキナはあの時と同じように眠そうな目をしていたが、頭を一振り、ザラの前へと歩み出た。
「にゅ…ううん。じゃ、遊ぼっか、ザラ♪」
 無邪気に微笑むルキナに対し、ザラも優雅な微笑みを返す。
「そう来ると思いましたわ。けれど、今日の私にはそんな貴女の態度すら可愛く感じられますことよ。待ちこがれた勝利を…間もなく、手にすることができるのですから」
 ザラもまた一歩踏み出すと、二人は聖堂の奥にそびえ立つヴァイアランス神像へ、歩みを揃えて向かった。



 祭壇の炎にそれぞれの美貌を紅く染めながら、二人は手を重ね、神像に当てる。
『シオン=ヴァイアランス
 シオン=ヴァイアランスよ

 御身に捧げる聖戦を見守り賜え
 子らの捧げる交わりを受け入れ賜え

 我、ルキナ=フェムール=メルメイン=カイアス=レクドミナと
 我、ザラ=ヒルシュを受け入れ賜え
 御身の胎に、我らを 』

 二人の声が重なり、賛歌が聖堂に響きわたる。それと共に、二人が触れた部分から、神像が発光を始めた。
 暖かな光はルキナとザラを包み、その姿を少しずつ神像の中へと引き入れていく。

 そう、最後の聖戦は、ヴァイアランス神像の内部…ヴァイアランスの子宮を模した、聖室で行われるのだ。

 全ての戦士・奴隷が注視する中、ケイオスヒーロー達の姿は、完全に神像の中へと吸い込まれた。
 静寂の中、彼女らはそれぞれの主の勝利を信じ、待つ。

 次に二人が現れる時……立っている方が、勝者なのだ。


***

 一瞬の発光が視界を埋め尽くした後、ルキナはほの暗い空間へと現れていた。
 回りの風景は姿を変え続ける雲のようにもやついて、定まらない。赤みを帯びた暖かな光が空間を満たし、ルキナの体に陰影を与えていた。
 常人なら平衡感覚を失ってしまうであろう。
 だが、ルキナは半ばデーモンの血を引いたケイオスヒーローである。幼少時を異界で過ごしたその感覚は、すぐさまこの異空間に適応し、その構造と広がりを知覚させた。
 人間の感覚に直して表現するなら、球形の空間の中央に、紅い光球が浮かんでいる…といったところか。

「…大丈夫、ザラ?」
 しっかりと空間の一部を踏みしめたルキナは、自分と距離を置いて現出したザラに、微笑みかけた。
「余裕ですわね。残念ですけれど、この程度の異界に適応できないワタクシではありませんことよ」
 ザラは美しい眉を動かすと、その身を魔力で包み、一気にルキナに向かって飛翔してきた。
 漆黒のマントが翼の如くはためき、紅い髪と絡み合って空間に広がる。
 その中に、刃の輝きが二筋。
「っと…!!」
  ルキナが側転気味に体をそらすと同時に、ザラの髪が操る二本の剣が空を裂いた。
「たっのしい〜! ザラと戦うの、久しぶりだもんね!」
 ルキナは一つ飛びすさって大斧を構えながら、歓声を挙げた。

「楽しいのは私も同じ…」
 優雅に髪をかき上げながら、ザラが振り返った。
「ここはまさに、ヴァイアランスの神力に満ち満ちた空間。おそらく、どれだけ戦い合ってもお互いに命を落とすことはありませんわ」
 そして、魔力を秘めた曲刀の刀身に、淫らに舌を這わせる。
「ワタクシ、あまりそういう趣味はないのですけれども……ルキナさんの体に刃を突き立てることを想像すると……勃起してしまいますわ…」
「ボクは、剣よりおちんちんを突き立てる主義だケドね!」
 ルキナは右手を触手に変えると、それを戦斧に絡ませ大きく振るった。
 一瞬で数メートル伸びた触手は、遙か遠間からザラに斧を振り下ろす。間合いを狂わされたザラは、二本の剣を交差させてそれを受け止めた。
 だが、重い。
 細い二本の刀身を弾くようにして斧が走り、身を逸らしたザラの胸当てを薄く削り取った。
 触手を縮めながら、ルキナは跳ぶ。
 右手を背に回し、持ち替えた左手で斧を振るいながら、触手を網のように拡げて叩きつける。
「…フッ!」
 ザラは不敵に笑うと、両手で剣を握り、それぞれの攻撃を受け止めた。

 どちらの刃も、ルキナの攻撃を受けきるには力不足のはずだ。
 ルキナはそのまま両腕に力を込め、その怪力でザラの守りを押し切ろうとした。

 その瞬間、ザラの背後から飛び出す巨大な影。
「…嘘っ!? 3本目ぇ!?」
 慌ててバックステップを踏むルキナの眼前を、ザラに背負われていた超巨大戦斧が通り過ぎていった。
 ザラが3つのマジックウェポンを持っていることは、知っている。だが、同時に操作できるのは2つまでだったはずだ!
「何時までも同じ力だと思われても困りますわ!」
 バランスを崩したルキナに、ザラが踏み込む。
 髪の毛が操る、剣、剣、戦斧。斧で受け、触手でさばき、足でかわす。だが、体勢を立て直す隙を与えてくれない。

「そこっ!」
 ザラの勝ち誇った声と共に、波打つ刀身を持った魔剣が、ルキナの脇腹に突き刺さった。

「くうっ!」
  半魔であるルキナには痛覚が薄い。それでも、鈍い衝撃が腹腔に広がる。
「あ…! うっ……ん…」
 ザラが、ゆっくりと刀身をねじ込んで来た。
 体験したことのない挿入感に、痛みよりも興奮を覚えてしまう。
「柔らかい…ルキナさんの中…はぁ…」
 ザラは陶酔した表情のまま、一気にルキナの胴を刺し貫いた。
「あぐうっ!?」
 鈍痛に見舞われたルキナの股間から、二筋の精液が迸り、ザラの太ももからつま先までをたっぷりと汚した。
 腰から精が流れ出ると同時に、かつて体験したことのない虚脱感が、ルキナを襲う。

 エネルギーを吸収してるんだ……
 ルキナはザラの持つ魔剣の力を思い出しつつ、体から刀身を力任せに引き抜いて、後ずさった。
「一瞬でしたけれども…かなりの力を吸わせていただきましたわ。安心して下さいまし…精力は、一滴も吸わせておりませんから…」
 足取りもおぼつかないルキナに、ザラは勝ち誇った笑みを見せ……

 ……踏み出せない。

 ザラの表情が驚きに変わった。
「これ…はっ…!?」
 ザラの右脚にたっぷりと絡みついた精液が、ねばつく糸となって、その歩みを封じていた。
 精液の濃度をひたすらに濃く、強度を持つといえるレベルにまで高めての、射精。ケイオスヒーローの生理なら容易くできる、ほんの大道芸程度の小技。

 だが、一瞬の躊躇があれば十分だった。

 ルキナは体に残る力を爆発させ、矢の如くザラの懐に飛び込んだ。
 斧の柄が、ザラの美しい腹筋に深くめりこむ。
 苦痛で眉を歪ませるザラの唇を奪い、ルキナは一気に、熱く豊かな肉体を押し倒した。


 

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