■守護者小説 華劇副官の章 (作・水池竜樹)

竜樹さんよりいただいた小説を掲載させていただきます。
華劇紅房宮に登場する、3人の副官キャラがテーマです。



 天に女陰の如き桃色の霞たなびき、地には男根の如き雄渾たる岩山がそびえる。
 陰陽の気は和合し雌雄の精は一となり、完全なる淫を産む。
 ここは、華界のファンリンチャンはメーユイ山・・・・・・中華淫魔の郷である。


『わっせ、わっせ、わっせ、わっせ、わっせ』

 白と黒の艶やかな毛並みを持つ獣たちが、広大な邸宅の玄関から現れる。
 華界でもファンリンチャンにしか生息していない、人語を話す高度な知能と、二足歩行を獲得した大熊猫・・・・・・俗に言う魔界パンダ達である。
 魔界パンダは、人界の大熊猫よりふたまわりほど小さいが、温厚で人に懐き易い性格と集団で生活する習性の為、ファンリンチャンの中華淫魔に使役される事が多い。

『わっせ、わっせ、わっせ、わっせ、わっせ』

 今、邸宅を出入りしている魔界パンダ達も、この邸宅の主たる中華淫魔に使役されているのだろう、良く見ればどのパンダもみな家具を担いで邸宅から運び出している。

「はい、ご苦労さま。皆、炎緑笹茶を淹れたから、一服なさい?」

 パンダ達が全ての家具を運び出したところで、邸宅の中から柔らかな声がパンダ達にかけられる。
 邸宅から姿を現したのは、白と黒に鮮やかに塗り分けた道服を身につけた金髪の美女だった。
 魔界パンダの中には、高い知能から学問や仙術を学ぶものもいる。ユー=マオも500年の仙術修行の末に、人間に変化する術を身に付けた魔界パンダの棟梁である。
 ユー=マオの場合は、高い才能からそのまま仙術を学びつづけ、華界独特の房中術に特化された淫仙術を身に付けるに至っている。

『はい、マオさま〜。』

 大きな盆(なにせ、パンダ全員分の湯呑みが乗っている)を片手でバランスよく支えたマオに、パンダ達が行儀良く並び湯呑みを一つづつ受け取っていく。

「ふぅ・・・・・・華界ともしばらくお別れですか・・・。」

 行儀良く、自分の湯飲みを両手で持ちながら空中に座布団でもあるかのようにちょこんと正座をして、マオ・・・淫女仙のユー=マオは霞のたなびく空を見やる。

「イェン様、メイ様に続いて私やショウまで、お呼び出しがかかるとは思いませんでしたねぇ。」

 ぼんやりとお茶を啜りながら、そう独語しているマオのパンダの耳がぴくんと跳ねる。邸宅の奥からの足音を捉えたためだ。

「ふわぁ〜・・・・・・マオ姐、おはよぉ〜。」

 眠そうな声とともに邸宅の入り口から現れたのは、まだ幼女と言ってもさしつかえないほどの幼さを残した少女だった。
 この邸宅の主人である、ティー=トゥー家の分家にあたるショウ家のショウ=ハツである。
幼い頃からこの邸宅に預けられたショウ=ハツをユー=マオは、妹のように面倒を見ていた。

 いつもは二つの団子に纏められている髪を下ろしたままで、利発そうな眉の下のくりっとした目も、今は起き抜けのせいか半開きになっている。

「おはよう、ショウ。でも、今日からは華劇紅房宮の副官なのだから挨拶はきちんとね?」

「はぁい、おはよーございまぁす。」

 目を擦りながら、挨拶を返すショウを招き寄せ、手早く髪を団子に整えながら、ユー=マオはにっこりと微笑んだ。

「向こうに運び込む荷物も全て運び出したし、そろそろ、ヘキサデクスの方に移動しましょうか?」

「魔山ヘキサデクス・・・・・・そこに、メイ様やイェン様がいるんだよね、マオ姐?」

 ゆっくり、符に自分の気と世界の気を染みとおらせると、符を丹田の前に構える。
 ユー=マオの修めた仙術は、淫仙術と呼ばれる、房中術等に特化された仙術だが、普通の仙術も基本的なものであれば、まったく同じように使う事ができる。
 ユー=マオが用いたのは、雲に乗って移動をする術である…符に込められた気を引き金として、ユー=マオの目の前にみるみるうちに桃色がかった雲が形を織り成していく。

 まず、ショウの脇に手を差し入れて雲に乗せてやると、自分も軽く地面を蹴り雲に飛び乗る。意外に強靭な感触を足の裏に与え、雲は二人の体重を支えきる。

「……じゃ、出発しましょうか?……ショウ?」

 ユー=マオは雲を進めて、住み慣れた邸宅はみるみるうちに遠くなっていく。
 その間もショウは無言で邸宅を見詰め、大きな目いっぱいに涙を溜めていた。年若いショウは、このメイユー山から長い期間離れるのは初めてである。
 今まではメイやイェン等の従姉達に会える嬉しさにはしゃいでいたが、時ここに至ってはふと、此処を離れるのが寂しくなったのだろう。

「ショウ…しばらく留守にするだけでいつでも帰って来れるのよ? それに、向こうにはショウの大好きなメイ様やイェン様……それに、ショウのまだ知らないいろんな事がいっぱい待ってるわ。」

 片手で自らのふくよかな胸に抱き寄せて優しく囁くユー=マオに、ショウは涙を拭うと、もういちど元気に微笑み返した。

「ぐしゅっ……うんっ!そうだよね……だから……またねっ!!」

 まだ魔界パンダ達が後片付けの続きをしている邸宅に大きく手を振っているショウを、微笑みながら見つめて、高度をあげようとした瞬間。

 ひゅるるるるるるる……ぼすんっ!!!

 何かが思い切り勢いをつけて雲に衝突する衝撃が、ユー=マオとショウの体を揺さ振った。

「……あらあら。」

「はわわっ!?なになにっ!?」

 大きな衝撃で雲が揺れる。

「ふわわっ?!」

「……何かぶつかった?」

 二人は雲の上で引っくり返りそうになりながらも、後ろを振り向く。
と、そこには真っ赤なチャイナドレスの下半身が「生えて」いた。
 下着は履いていないのか、雲にめり込んだ衝撃で、チャイナドレスの裾は捲れあがって何もかもが丸見えになってしまっている。

「ワカナ姉!?」
「〜△○□×〜!?…ぶはっ!………はへぇ〜、目の前で死んだおばーちゃんが手招きしてたわー…ぜえっ。」

 ショウの叫び声に対して、最初は聞き取れなかったが、頭が雲の底へ突き抜けたらしく、下の方からそんな声が聞こえてくる。

「大丈夫みたいね……転移の調整に失敗したわね、ワカナ?」
「……は、はーい…ユー姉さん。お久しぶり〜……助かっちゃったわー、あははっ。」
「相変わらずおっちょこちょいねぇ〜……ワカナは、華界生まれのショウや私みたいに飛べないのだから、そのうち踏まれたカエルみたいに死んでしまうわよ?」

 華界で生まれた生物は、空を飛べるものが多い。これは、見渡す限り巨大な石林……柱のような形状の岩山が続く地形からである。
 石林の広さも、雲を貫いてそびえたつ岩山の一つ一つも、中国山水画などから想像されるそれを遥かに越えるスケールの大きさなのだ。ユー=マオとショウが住んでいた、ティー=トゥー家の邸宅もそういった岩山に張り出した、テーブル上の岩棚に建てられていた。
 よって、華界の住人達にとっては空を飛ぶのが一番効率の良い移動方法で、ティー=トゥー姉妹やショウには翼が生えているし、ユー=マオなど翼の無いものは、仙術を用いて空を飛ぶ事が多い。
 ただし、ワカナは華界の出身ではなく、ある事件から華界を時折訪れるようになった、遥か彼方の「地球」の自称「何の変哲も無いふたなり女子高生」とやらである。空を飛べるはずもないワカナは、メイに渡されたアイテムで地球から華界にやって来るのだが、その際に出現する場所や高度を間違えると、致命的な結果になってしまう……という訳なのだ。

「そ、そんなおっとりした口調でコワイ事言われても…あははぁ〜……。」

「本当に気を付けなさい?メイ様を泣かせるような事はしては駄目よ?」

「肝に銘じますよ〜。で…ユー姉さん達は何やってるんですかー? あたしは試験休みなんでひっさびさに遊びにきたんですがー? あ、そうだ、メイ様のとこにでも泊りにでも行くんですねー? あたしも連れてってくださいよー。大丈夫ですって、学校なんて一日やそこらサボったってなんてことないですよーぅ。」

「……ワカナ?」

「あーそうそう、イェン様にも一度お会いしたかったのよねー。やっぱり中国拳法部の若きホープとしては、イェン様に一手でも指南して頂けたらそれだけでもー地球レベルじゃ無敵っていうか、オーガ並みっていうか、他の部員を出し抜き決定っていうか、風希お姉さんざまぁみろって感じで、あ、ユー姉さん達にはわかんないですよねー。」

「……だから、ワカナ……。」

「あ、もちろんもちろん。その後はベッドでしっぽりって感じでー。良い汗かいた後にもう一汗って最高ですよねー。んでもってついでにキューっと一杯って、あたしちょっとオヤジっぽかったですかー…ってぁきゃうんっ!?」

 機関銃のように喋り出して止まらないワカナの「ワカナ自身」を強めに握り締めて黙らせると、ユー=マオは一つため息をついた。

「…はぁ。そんな格好のままで喋りたおしてないで、雲の上にあがってらっしゃいな?頭に血が上るわよ?」

「それもそうですねぇ……えへへー。」

 もぞもぞと腰を揺らしたり振り回したりしながら、上半身を引き抜こうとするワカナだったが、ひらひらぶらぶらとチャイナドレスの裾と「ワカナ自身」が揺れるだけで、一向に抜ける気配がまったく無い。

「あぁれぇ?…おかしいですね…んっ!!……たははっ。やっぱり抜けなくなっちゃってるわー。ちょっとハっちゃん手伝ってくれない?」

 ワカナに頼まれて、ショウがワカナの足を持って引っ張り始める。

「いいよぉ……んーっしょ!…ん〜〜〜ん!!…駄目だ、抜けないや。」
柔らかいはずの雲なのに、よほど絶妙に嵌まりこんでいるのか、ショウが大根を抜くように太股を引っ張っても、ワカナの身体はまったくびくともしない。

「…… じゃ、そのままね。」

「えぇっ、そんなぁ〜!?ユー姉さんの魔法みたいなのでちゃちゃっと何とかしてくださいよ〜?」

「そうねぇ…いったん雲を解くしかないけれど……見渡す限り峻険ばかりのどこに降りたい?」

「…う〜。じゃぁ、どーすりゃ良いってゆーの?」

 雲を降ろすような場所は見当たらずに黙るしかないワカナを見て、ユー=マオは初めてくすりと笑った。

「今から戻るわけにも行かないし……ヘキサデクスまで我慢するのね。ワカナも行きたかったんでしょ?」

「えぇ、それはもう…じゃなくって!この間抜けな格好でですかぁ〜?!」

「しょうがないわね。お土産だと思ってヘキサデクスの方たちに堪能されるのね。」

「がぁあんっ!?そんな間抜けなお土産に自分がなるなんて…とほほぉ。」

「私だって、こんな愉快なオプションのついた雲に乗って就任の挨拶はちょっとと思うけれど。しょうがないわねぇ〜…。」

 情けなさそうな顔のワカナに、ユー=マオはとぼけた口調で返しながらわざとらしく天を仰いでため息をついて見せる。(もちろんワカナからはため息しか聞こえないが)

「誰が愉快ですかっ!………って就任?なんです、それ?」

「ショウ達は、今日からメイ様のところで働くんだよ〜。」

「え?!そーなのハッちゃ…ぶわっ!?」

 最後の悲鳴は、無邪気な答えの後でショウがワカナの下半身に抱き着いたからである。

「メイ様が守護者として務めておられる、華劇紅房宮の副官としてお呼びがかかったのよ。
しばらく華界に戻ることはなさそうね。」

「はらぁ……そーゆーことだったんですねー…じゃぁ、これからはファンリンチャンに来てもパンダちゃんしかいないわけかぁ……寂しくなるわねー…。」

「意外ねぇ〜…?ワカナが寂しいだなんて。」
少し嬉しそうな顔でユー=マオはさらっとワカナのお尻を撫でまわす。

「わひゃひゃっ?!……そりゃぁ寂しいですよー。ハッちゃんと遊べなくなるんだし、ユー姉さんの料理は食べられなくなるんだし。それになにより向こうはファンリンチャンみたいに美人のふたなりさん大豊作ってわけにはいかないですし〜…。」

「じゃぁ、ワカナ姉も迷宮に行こうよぉ〜。」

「え?あたしも?」

「…そうね、もう一人ぐらい副官が居てもいいかもしれないわねぇ?ワカナとショウ二人で丁度一人前な感じだし…。」

「ひどいやぁ、マオ姉。」

 ユー=マオの言葉にショウはぷぅっと頬を膨らませる。

「……まぁ、急に言われても困るでしょうし。向こうについてからゆっくりと決めたら?」

「そうですねぇ〜………。」

「どうせ、着くまで考えるなんてできないんだから………♪」

 逆さになりながら腕組みをするワカナに意地悪くユー=マオは声をかける。

「えぇっ、ひゃわわわっ!?」

 ユー=マオが目配せをおくると、ショウは待ってましたとばかりワカナの逆さまのペニスにかぶりつき、ワカナに嬌声をあげさせる。

「さ……♪メイ様のところに着くまでゆっくり愉しみましょうか♪」


 軌跡を引きずりながら飛ぶ雲を、たなびく桃色の霞が覆い隠していく。
 迷宮の夜に思いを馳せ、別れを告げるファンリンチャンに思いを馳せ、雲は迷宮に向かっていく。

 三人にとっての甘い夜の帳が、ゆっくりと下りようとしていた。