守護者ショートストーリー

ティー=トゥー=メイの章 (作・水池 竜樹)

竜樹さんよりいただきました小説を掲載させていただきます。



 「ふふふん♪」
 握ったモップに力を込める。

がしっ、がし…きゅっ!

 摩擦音を響かせて、モップが小気味よく床を滑る。
 「綺麗にするアル♪綺麗にするアル♪ごしごし擦って綺麗になって、楽しくエッチをするアルネ〜♪」
 いささか調子の外れた鼻歌を歌いながら掃除をしているのが、ここ華劇紅房宮の守護をするチャイニーズ・デーモンのティー・トゥー・メイである。身体にぴったりとした光沢のある衣服を身につけ、テンポ良くモップを動かしていく。
 迷宮の地下にある、両性具有が集うこの華劇紅房宮では、毎晩幾組みもの組み合わせで愛が交わされる。撒き散らされる大量の粘液、振り乱れ抜け落ちた毛髪……掃除も大変なのだ。
 「それにしても最近にぎやかアルネ〜。メイも忙しくなかったら、みんなとお話したいアルのにぃ〜。」
 ごしごしとモップを動かしながら際限無く独り言が続いていく。
 どーやらメイの癖らしい。
 「メイだってたまにはやさしくて逞しいおねーさまに抱きしめられたいアル、それでそれでぇ……えへへぇ〜♪」
 もじもじと身を捩じらせながら妄想に浸る。
 「むにゅむにゅしたりぃ…ごりごりしたりぃ……えへへぇえへへぇ☆」
メイの妄想は際限なく膨らんでいく。膨らむのは妄想だけではないようだが……。
 「いゃん…そんなさきっちょばかりいぢっちゃダメアルぅ…。」
 「メイ。」
 「あぁん…メイにも…メイにもぺろぺろさせてほしいアルよぉ……。」
 「メイ。」
 「はにゃぁ…おっきいアル…ごりごりしてて熱いネ〜。」
 「……。」
 「あねうえぇん……♪」
 
 「メイっ!!」
 「はひゃぁぁぁぁぁいいいっ!!!」

 「まったく、真面目に務めを果たしているかと思えば…どういう事なのだ?」
 「あ、あああ、姉上ぇ…。」
 褐色の鋼を人の形に鍛え上げたらこう言う形になるのだろうか?熱く息づく肉の内に、凄まじい力が静謐を極めたまま眠っている。そんな印象を抱かせる彼女は、メイの姉。迷宮最下層地獄の守護者ティー・トゥー・イェンである。
(さ、最後の聞かれたアルかぁ…!?)
 心臓を跳ね回らせるメイにイェンはメイの心配事など気にもとめなかったように淡々と諭すように話しかける。
 「お主もまがりなりにも迷宮の守護者となったのだから、自らの仕事の責を自覚せねばならんぞ?でなければ、お前を魔界に還さねばならん。自らの責務を自らの自覚で果たすことができぬようでは、ここに留まることは許されぬ故。」
 「そっ、それはイヤアルぅ…ここの人達はみんな優しくて綺麗あるし、それに……。」
(……姉上と離れたくないアルぅ〜。)
 「ならばきちんと自らの為すべき事は為さねばならん、分かるなメイ?」
 「アイっ!!わかりましたアルっ!!」
 メイの気持ちを知ってか知らずか、静かに諭す姉に気を付けの姿勢で答えるメイ。
 イェンはその様子を見て微かに微笑む。

 「ならば良し。」

 「アイヤァ〜……☆」
 メイはその微笑だけでメロメロになってしまう。
 「またそのように弛緩する。だからお主は……。」
 お説教に発展しそうな予感にメイは慌てて話題を変える。
 「あっ、姉上は今日はどーしてここに来たアルか?用事でもあったアルか?」
 (それともメイに……会いに来てくれたアルかぁ…?)
 また、妄想に思考が陥りそうになりながら、イェンに他の話題を振る。
 「ルキナに最近地獄より離れていないから、他の階層も時々見回りに行けと言われてな。お主の仕事振りもこの目で確かめたかったし、ルキナやセルージャの話だと、ここにも中々の強者がいるそうではないか。少し見てみたくなったのだ。」
 (あ、姉上がメイの仕事振りを見に来てくれたぁ〜☆し、心配して来てくれたアルっ!!)
 自分に都合の良い部分だけをクローズアップして天にも上る気持ちのメイ。
 「だが、今は誰も居らんようだな。太陽も高く上っている時間だ、いた仕方あるまい。」
 「そーアルネ。皆さん来るのは夜アルから。」
 「そうか。どうするか…、とりあえず他の場所に赴いて出直すか…。」
 「えぇっ!?帰ってしまうアルか?」
 イェンの言葉に、身も世もない声をあげてしまうメイ。
 「ふぅ……。我は先程何と口にした?」
 嘆息しながらメイに問いかけるイェン。眉間に皺が寄り黒と白の翼も心なしかうなだれている。
 「あ、あのあの……ごめんなさいアルぅ…でもぉ。」
 涙目になって謝るメイを不機嫌そうな顔で見つめるイェン。
 (こうも惰弱では…先が思いやられる。)
 などと思いながらも、イェンの口はまったく別の言葉を発していた。
 「………夜までだ。」
 「………あぃ?」
 「幾度も言わせるな。夜までなら居る……と言った。」
 「あ…………あねうえぇ〜!!!」
 
 がいんっ!!
 
 感激のあまり涙を浮かべて飛び込んできたメイに拳骨を落とし、イェンはもう一度微笑んだ。
 
 「おっと、それは中途の清掃を終えてからだ。」
 「あたたた………あねうぇ〜…………大好きアル♪」
 
 とびきり痛い愛の鞭を脳天にもらったメイは涙目で最愛の姉に微笑んで見せた。