バルボIQ戦記  外伝

         出現! 神か悪魔かゼブジールロボ!!


(玄魔)


「三番アードラ碑石破損!二時方向、結界防御率7%落ちます!」
「セリオス=アカバロア様、識別反応消えました!」
「リュカーナに探させろ!! ザラ様は何処にいる!?」
「近距離レーダー圏外です!おそらくは闘技場付近にいるものと……」
「三角野郎の駆除は!!」
「こちらブランジェ!潰しちゃいるけどキリがないぜ、誰かよこしてくれよ!!」
「レーナが今出た!保たせておきなっ!」
「北西第二倉庫被弾!魔薬庫が近い!」
「俺が行く、砂嚢をよこせっ!!」
「酒蔵が潰れたあ!」
「放っとけ、馬鹿!!」

 迷宮第三回層亜層、ラネーシア神殿・ザラ=ヒルシュ陣幕本陣は文字通り、戦場だった。つい先ほど、ビヨーンと名乗る一人の道化師が己の最後の力を振りしぼり、悲壮なる最終奥義を解き放ったのだが、そのことにさえほとんど誰も気づきゃしないほど事態は凄惨を極めていた。

「十一時方向結界センサーに大質量!パターン赤、“翼”です!」
「来たね…とうとう本体のお出ましか!!」
「七番メルト碑石圧潰!推定11秒で結界が無効化します!」
「内陣の戦力を玄関に出すんだ!ジェナ、生きてるかい!?」
「左腕が折れた。が、無事だ」
「…2、1!スクリーン出ますっ!」


 ゴウ…………


 火煙を割って現れたのは巨大な、あまりに巨大な銀色の翼。空を駆けゆくためでなく、この世のすべてを滅ぼすために、神が羽撃く破滅の翼。
 その神の名は。

「…パルボ…IQッ……!!」

 食いしばった牙の間から、絞り出すようなうめきが漏れた。
 ラネーシア戦士達の奮闘も虚しく、ついにあの破壊神がここ、彼女達の本陣、彼女達の我が家、彼女たちの故郷とさえ言えるこの陣幕内庭にまで押し寄せてしまったのだ。

 怒り。
 苦渋。
 憎悪。
 恐怖。

 それぞれの思いを顔に浮かべ、戦士達は、奴隷達はあるいはスクリーンで、あるいは肉眼で、その巨大な死神を見つめて息を呑んだ。

「……にゅふ」

 その、それぞれの顔の中に、ただ一人。

「にゅふ、にゅふ、ふにゅふふふふふふ」

 どうにも嬉しそうに笑っている顔があった。

「……何笑ってンのさ、ザナ。恐ろしくって気でも違ったのかい?」ザラ陣営防衛司令官・ラディアンスはスクリーンとコンソールに埋め尽くされた司令室の中、揺れる大きな帽子に話しかけた。

「馬鹿を言うな、この天才的頭脳がこれしきのことで変調をきたすわけがないのだ。我輩が笑っているのはだな」

 ザラ陣営の誇る紙一重の天才科学者・ケイオスドワーフのザナタックは薄い胸をそらし、びしっ!と短い指を一本さも誇らしげに立てた。

「こんな事もあろうかと我輩が密かに開発しておいた、超絶的革命的画期的最新秘密兵器の威力を知らしめるチャンスがいーまこそ訪れたからなのだっ!」

「………ふーん」ラディアンスの返事は目一杯冷たい。だがそんなものはいっこうに気にせず、ザナタックは自分の周囲にびっしりと配置されたコンソールに「だだだだだだだだだだだーっ!」と恐ろしいスピードで指を走らせた。

「ていやっ!」とどめとばかりに、ひときわ不穏に輝く赤いボタンをみじかい指が押し抜いた瞬間。

 ズ・・・ズズズズズズズズンン・・・

 ひどく重い地響きが、陣幕全体を揺さぶった。

「何だぃ、今のは? おい、何をやって…」悪い予感に駆られてザナタックに詰め寄るラディアンスの背中へ、泡を食ったコロンの声が浴びせかけられた。

「ラ、ラディアンス様ぁ!! ザザザザザザラ様がっ!!」
「ザラ様が!?」

 狭い司令室で器用にきびすを返したラディアンスが、スクリーンに見たものは。


 ザラ=ヒルシュ陣幕の正面入口には、御影石でできた巨大なザラの像が立っている。ラネーシア神殿内庭に立つルキナの像に対抗して作られたもので、巫の正装であるローブをまとい、優美かつ傲慢な微笑みで陣幕をおとなう者達を見下ろすみごとな石像だが、今、その頭のてっぺんからローブの裾まで縦に一直線、きれいに正中線を通って一筋の亀裂が走っていた。
 否、走っているだけではない。その亀裂は徐々に広がり、ザラの微笑みを真っ二つに割って左右へ分かれてゆく。台座まで含めれば40mにも達しようかという巨像だから、重さも一トンや二トンではない。それが一方は右へ、一方は左へと大地をすり潰すようにして移動してゆくのだ。地響きの原因ははこれだった。

 舞い上がる土煙の中、ジェナは亀裂の狭間に鈍いきらめきを放つ何物かを見た。亀裂が広がるにつれて、その隙間に光が射し込み、何物かの姿が少しずつ明らかになる。
 それは巨大な、角を持った、人の姿をした何かのように見えた。

「にゅふふふふふふふふふふ、にゅははははははははははははは!!
 見よ、これこそ我輩の天才的頭脳が生み出した世紀の大発明、魔道科学の粋を集めて造り上げた力の結晶、ザラにそびえる黒鉄の城!!開発ナンバー・ZXXX-37856γ7011への十三番R(中略)」

 どうと一陣の風が吹き、土煙を薙ぎ払った。
 視界が拓けたことを歓ぶかのように、褐色の鋼鉄が鈍い輝きを放った。
 毛皮を模した装甲の突起が風を裂き、分厚いマントが重く翻った。
 天を突く雄大なペニスが、戦火を映して赤く閃いた。

「(中略)式巨大人型決戦兵器、名付けてゼブジール・ロボなのだっ!!!」

 そう、そこにあったのはまさしく、ルキナ配下のケイオスミノタウロス・ゼブジールと呼ばれるあの巨大な褐色の獣をモデルにして造られたとおぼしき、

 巨大ロボットだった。



「ゼッ……」ラディアンスは絶句した。スクリーンの向こうでジェナも絶句していた。

「にゅっはははははははは!!」ザナタックは得意絶頂である。「見たか聞いたか驚いたか諸君!!これさえあればあーんな超次元絶滅虚無兵器の一つや二つ、ちょちょいのちょいなのだーっ!」
「確かに驚いたけど……」
「ところで今どさくさに紛れてザラ様のこと呼び捨てにしなかったかい」
「些細なことなのだ!!それシュート・イーン!!」

 レバーの一本を勢いよく倒すと、とたんにザナタックの足下の床がパカッと口を開き、あっと言う間に小柄なケイオスドワーフは姿を消す。

「いつの間にこんな仕掛けを……」呆然とそれを見送るラディアンス。

 と、スクリーンに小さな矩形がパッと浮かび、ザナタックの顔が現れた。どこをどう通ったものか、どうやらあのロボットの中にいるらしい。

『ゼブジールロボ、発進準備完了!出撃許可を要請するのだ!』
「……って言ってますけど、どうしましょう」オペレーターシートのコロンが不安げに振り返る。
「……」ラディアンスは腕を組み、しばし考え込んで。

「ザナタック、出撃を許可するよっ! そいつであのハネ野郎を叩き潰してきなっ!」
『ラジャーなのだーっ!!』

 はしゃいだ声と同時に、ゼブジールロボの両の瞳にビカーッ!と力強い光が灯った。エンジンが低く唸りを上げ、武者震いをするかのように褐色の巨体が震動し、鼻孔から熱いスチームが噴き出す。

〈ガ……オオオオオオオオオオオオオオオオオオン〉

『にゅふふははは、さあ行けゼブジールロボ!この力があればお前は神にも悪魔にもなれるのだーーっ!!』
「言いたい放題だな」

 それだけで家ほどもあろうかという巨大な右足が持ち上がり、土煙の尾を引きながらはるか前方へ移動し、ズウン、と腹に響く地鳴りと共に再び地を踏む。
 それが、一歩である。歩幅の間に、ジェナが二人は横になれそうだ。迷宮の大地を揺るがしながら、わずか十数歩で鋼の巨獣は兵装肢の真正面に位置取り、ぐわっ、と両足を広げて腰を落とす構えを取った。股間にそびえる長大なペニスの下部、大の大人が三人くらいは入れそうな巨大なヴァギナの芯部に、まばゆい光が集まっていく。その輝きが頂点に達したところで、

『エネルギー充填完了!ゼブジール・キャノン、発っっっ射ぁーーーーーーー!』

 瞬間、目もくらむような光と熱が周囲をなぎ払い。巨大ペニスの先端からほとばしった太い光の柱はまっすぐ〈翼〉に突き刺さり、その中程に大穴をあけた。

「……凄い……!」スクリーンで見ていたラディアンスは思わず呟いた。ザナタックの発明品がこんなにまともに役立ったのは初めてだ。いやそんなことより、こいつはマジで戦力になる!

「しかし、だ」

 ラディアンスはずい、と身を乗り出し、コンソールのマイクを掴んだ。「浮かれる前に一つ訊いとかなきゃア●ね、ザナ!」

『のだっ?』
「そのロボット、本当は何のためにこしらえたんだい?」
『にゅ……』

 ラディアンスとザナタックの付き合いは古い。そのおかげでラディアンスは、完璧にはほど遠いまでもかなりの程度……少なくとも、常識的な思考で追随できる限界近くまで……彼女の行動原理を把握していた。「こんな事もあろうかと」という一言に集約されるザナタックの危険予測が、的中したことなど数えるほどしかない。ましてやその予測に基づく対策が功を奏したことなどは、ラディアンスの知る限り一度としてなかった。したがって、あの巨大ロボットがこれだけ役に立っている以上、今回の襲来を予見して造られたということはまずあり得ない。否、おそらく戦闘用に造られたものでさえあるまい。

『だ、だからそれはこんな事もあろうかとなのだな』

 ザナタックはしどろもどろである。どうやらラディアンスの読みは図星だったようだ。と、

「オレ、知ってるよ」突然、背後から声がかけられた。

 振り向いて見れば、ローラ=ツィウロクだった。ザナタックに最も近しい混沌奴隷である彼女はパルボの機動破片狩りから一時帰還したところなのだろう、右手に愛用の大刀を携え、左手には金属の破片を握り、体中に大小無数の切り傷ができている。

『ローラ!余計なことは言わないでよろしいのだ!』珍しく慌てたザナタックの声。ローラは画面上のザナタックに向かってべーっと舌を出してみせると、

「あの馬鹿デカいのは元々、聖戦用に造ったんだってさ」ラディアンスに向かって言った。
「聖戦? あれとヤるのかい? 誰が?」
「だから、ゼブジールって奴だよ。ルキナの所の。そいつ、自分の体の大きさを変えられるってんだろ? デカくなっても対等にヤり合えるようにって造ったらしいんだけど」
「成る程……しかし、いくらケイオスミノタウロスってもここまで巨大化できるかね」
「そこなんだ」ローラは肩をすくめ、「張り切ってデカく造りすぎたら本物よりデカくなっちまって、結局誰もサイズが合わないから役に立たなくてしまっといたんだって」
「アイツらしい……」ラディアンスは天井を仰いで嘆息した。

『うぬにゅにゅ、覚えておれローラ!いつかお前専用にヒゲ付きのみっともないロボットを作ってのっけてやるのだからなーっ!』
「何言ってんだか分かんないぞ」
「まあいい、大体分かったよ。別に問題もなさそうだし、そのまま行きな」
『了解したのだーっ!』

 通信画面が消える。同時にゼブジールロボが、高々と天へ拳を突き上げた。その拳に、凄い勢いでまばゆい光が集まっていく。

『我輩のこの手が光った上に唸る! 必殺!ゼブジール・フィンガーーーーーッッ!!』

 振り上げられた拳は雪崩のように落下し、〈翼〉に二つ目の大穴を開けた。戦の歓声が、ザラ陣営に響き渡った。







「……ギルディア。オレガイル」
「当り前だ、お前はここにいる」
「チガウ。アソコニ、オレガイル。モウ一人」
「何?」

 ルキナ陣営副官ギルディア=フェアデンスは背伸びをして、巨大な褐色の獣人がその大きな指でさした方向に目をやり、

「……なんだ、あれは」

 至極当然の感想を漏らした。
 ラネーシア神殿のそびえる高台から、少し離れた小丘のふもと。ギルディアとゼブジール、ジュヌビエーブ、ミルファの四人は即席のパーティを組み、海のように周囲を埋め尽くす金属片状の兵士達を相手に奮戦を続けている。

「ゼブジールの……偽物?」
「機械仕掛けのようですね。でも、なぜゼブジール様に似せて……」樫の杖をかざして幾本もの雷を呼び起こしつつ、ミルファも訝しげに眉を寄せる。
「羽機械と戦ってるみたいですけど……味方の人なんでしょうか」細腕でフランベルジュを振り回しながら、ジュヌビエーブが希望的観測を述べた。
「ギルディア。オレ、アレ何カワカラナイ。オレ、知リタイ」ゼブジールが手にしたハンマーを打ち下ろすと、大地に重い震動が走り、金気臭い残骸が中に舞い上がった。

「………」ギルディアは大きな鉤爪で周囲を薙ぎ払いながら、しばらく考えた。「よし分かった。皆、移動するぞ」
「ええ!? そんな簡単に……第一、あっちはザラ陣営の方ですよ?」とジュヌ。
「この非常時に守護者争いもなかろうさ。あのビヨーンとかいう道化も言ってただろう、そんな場合じゃないって」
「ですが、機械ですよ。味方と見せて、この得体の知れない者共の一味と言うことも……」

 ミルファも懸念げに言う。だが、ギルディアは首を振った。

「こいつらがそんな搦め手を使うとは思えんな。……根拠があるわけじゃないが、俺の読みでは奴は十中八九、ザラ配下のザナタックとか言うドワーフの細工物だと思う」

 そう言ってギルディアは目を細め、土煙の彼方で暴れているその巨大な機械人形を眺めやった。

「……であれば、奴とこちらのゼブジールが並んで戦う姿は、両陣営が手を組むためのシンボルになれるかも知れんということだ」
「そんなこと……」
「無駄だと思うか? だが、どのみち今のままでは状況は絶望的だ。やれることはやっておく」

 ギルディアは右手の鉤爪を高々と差し上げ、

「ゼブ、あの機械人形のそばまで行くぞ!道を拓けっ!」

「オオオオオオオオオオオオオオ」雄叫びと共にゼブジールの身体が一回り膨らみ、巨大な拳が金属片の海を叩き割った。







「♪むーねのルーンはわーがーはいーの約束ー……む?」ゼブジールロボのコクピットの中、調子よく鼻歌など歌いながら鋼の巨体を操縦していたザナタックは所狭しと並ぶスクリーンの一つに目をやり、驚きに目を見開いた。

「イエロー・パターン、ルキナ陣営の混沌戦士共なのだな……にゅっ!? あれは、オリジナル・ゼブジールではないか!」

 戦鎚を振り回し、メンバーズの海をかき分けるようにして接近してくるのは確かにケイオスミノタウロスのゼブジールである。その足元のあたりにいる、カギ爪のついた右腕を持った戦士……データ照合の結果、ルキナ陣営の副官ギルディア=フェアデンスと同定された……が、ロボの視線に気づいてこちらに顔を向け、大きく叫ぶ。

「そこの巨大ロボット! 助太刀するっ!」

 言ってから生身の方のゼブジールに合図をすると、ケイオスミノタウロスは鼻息も荒く〈翼〉に突っ込み、今し方ザナタックが大穴を開けた場所に鉄拳をたたき込んだ。

『こら、何をする! 我輩のゼブジールロボは無敵なのだ! お前達の助太刀なんか不要なのだ!』
「生憎だが、こちらにはこちらの思惑がある。勝手にやらせて貰う」ギルディアはすました顔で更なる攻撃を命じる。同時に、その逞しい体躯からは考えられないほどの身軽さでゼブジールの尾を伝って背中を駆け上がり、耳輪を掴んで肩の上に乗った。どうやらそこから戦闘指揮をするつもりらしい。

『うにゅうう、勝手にするのだ!こうなったら我輩のゼブジールロボとそこの生ゼブジール、どちらが優れた性能を備えているか勝負なのだ!』
〈ガオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン〉

 ゼブジールロボが遅れてなるものかと踏み込む。巨大な質量の移動によって巻き起こった旋風に、吹き飛ばされないようギルディアはしっかりと耳輪……ギルディアならベルトにできそうな大きさの……を掴んだ。ゼブジールは今の大きさで限界のはずだが、それでもまだ向こうのロボットの方が二回り以上も大きい。一体何を考えてあんなものを造ったんだろう? ギルディアの脳裏を一瞬疑問がかすめ、そしてすぐにゴミ箱に放り込まれた。いい兵士は戦闘中に余計なことを考えない。
 ロボの方が、マントの下からバカみたいに巨大なハンマーを取り出した。ギルディアも即座に同じ指示を、大きな耳に怒鳴り込む。まるで姉妹のようにテンポの揃った動きで、二人のゼブジールは鋼のハンマーを振り上げた。二本のハンマーはその軌道の頂点で一瞬だけ止まり……

『ダブルゼブジール・ハンマーーーーーーッッッ!!!』

 まったく同時に振り下ろされた。二乗された衝撃波が渦を巻いて周囲を吹き払い、それだけで数百に昇るメンバーズが粉々になって散ってゆく。

『ひーかーりーにーなーるーのーだーーーーーっ!!』
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
〈ガオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンン〉

 どこからともなく沸き起こる閃光の中、二つの戦鎚は全く同時に〈翼〉の本体を突き破って地を打った。大爆発が起こり、ジュヌビエーブやジェナ達までもが吹き飛ばされないよう地面にしがみつかなければならなかった。

 爆風をまともに受け、鉄筋なみの強度を持つゼブジールの剛髪もびょうびょうとなびく。ゼブジールは心地よさげに熱風を浴びながら、隣に立つ自分と同じ姿の機械を見上げ、大きな唇の両端を剥き上げて獰猛に微笑んだ。

〈ガオオオオオン〉排気の具合だろうか? まるで笑みを返すように、ゼブジールロボが鳴いた。



「「すごーい!すごいすごい! これなら本当に勝てるかも知れないですよ!」」

 ザラ陣幕司令室と、Wゼブジールの足元。それぞれ別の場所で、コロンとジュヌビエーブは期せずしてまったく同じ歓声を上げた。
 しかし、

「「………」」

 それに対する上官の答えも、また同じだった。
 ゼブジールロボの頭の横に付いている銀色の金属板が、くるくると回転した。耳を模したように見えるそれは、隣家の内緒話から衛星放送までありとあらゆる音波・電磁波をキャッチできる超多機能センサーである。ザナタックがそれを使って爆心部を走査していると、不意にスピーカーからくぐもった金属音声が漏れてきた。

《……提言。現目標ノ敵性レベルB+ヲ突破。モードLΓヨリVΔヘノ移行ヲ要請ス》

 センサーが捉えたその言葉の意味をザナタックが理解するより前に、爆煙の向こうに、金属の冷たく鈍い輝きがひらめいた。

《提言ヲ認可。モードLΓヨリVΔヘ移行》

 瞬間、何かが出現し。
 ゼブジールロボの左腕が、重い撃音を立てて斬り落とされた。

「!?」

 振り向く間もなく、ゼブジールの肩口をそのものは襲い、真っ赤な鮮血を滝のように地に注ぎながらケイオスミノタウロスは倒れた。
 振り落とされたギルディアは咄嗟に宙返りして着地する。すぐに、ジュヌビエーブとミルファが駆け寄ってきた。

「ギルディア様……!」
「くそっ!」起き上がるなりギルディアは悪態を吐いた。「奴は化物だ。分かっていたつもりだったが、これほどとはな」

 いまだ収まらない爆煙を左右に切り分けるようにして、そのものは姿を現した。それは、全身を銀色の逆刺にびっしりと埋め尽くされた、刃渡り数十mにおよぶ長大な曲刀のような姿をしていた。

「あ……!」ジュヌビエーブが絶句した。
「つ……〈翼〉……!?」ミルファがうめいた。


「わ、我輩のザナリウムγ装甲が一撃で……」

 ゼブジールロボのコクピット内では、ザナタックが一時的なパニック状態に陥っていた。そこへもう一撃〈翼〉の刃が襲い、小柄なザナタックは人形のように振り回される。一面に赤色警報が点滅するスクリーンの一角にラディアンスの顔が現れ、画面を突き破るような剣幕で叫んだ。

『ザナ!機体を捨てて脱出しな!!死ぬよっ!!』
「……!? す、捨てる!?」その一言が、ザナタックを正気に返らせた。まるで子供のように、シートの背にしがみつく。「冗談ではないのだ、我輩は自分の作品を捨てたりはしないのだ!」
『そんなこと言ってる場合か!!』とラディアンス。『状況をよく見な、そのロボットはもう駄目だよ! お前まで死んだら元も子もないだろ!!』
「無理だったら無理なのだ! 第一、このロボには脱出装置など搭載していないのだ!自爆装置ならあるが」
『何ーーっ!?』
「待つのだ、何とか、機体ごと危険区域外に……」ザナタックはシートに座りなおし、レバーやらボタンやらをいじり回す。ガタガタとよたつきながら、ゼブジールロボは何とか立ち上がった。その途端に〈翼〉の一撃を受け、うつ伏せに倒れる。

「うにゅにゅにゅにゅにゅ」シートの中でひっくり返ったザナタック。めげずに短い手が隅っこのレバーに伸び、力いっぱい引くと、ゼブジールロボの背中のマントが外れて落ちた。むき出しになった背中から、一対の赤い翼がにょっきりと突き出す。

「こんなこともあろうかと装備しておいた試作型ジェットゼブジール・ユニットが役に立ったのだ。緊急予備エネルギー解放、バイパス接続!」

 けばけばしい黄色と黒の枠線に囲まれたスイッチを押すと、鋼の巨体が一つブルリと震え、翼の付け根にある一対のノズルが熱い輝きを蓄え始めた。同時に、死んでいたスクリーンのいくつかがパパッと復活し、その中の一つに倒れているゼブジールの姿が映った。胸にばっくりと傷が口を開け、噴泉のように血が流れ出して沼を作っている。沼の中では、さきほどのギルディアと他二名ほどが血まみれになりながらゼブジールの身体を〈翼〉から引き離そうとしているが、あまりの巨体ゆえほとんど動かせないようだ。

「かわいそうだが、今のゼブジールロボにはお前を運べるだけの出力はないのだ。悪く思うななのだ」

 すこしだけ心を何かに刺されるような気持ちを味わいながら、ザナタックは最後のレバーを倒した。
 轟音と共にジェットノズルが噴射を開始し、数百トンの鋼鉄のボディが空へと飛び……
 ……上がらない。
 いや、それどころかノズルの炎が徐々に弱まり、消えてゆく。そしてそれと入れ替わるように、破損した頭部のカメラアイがいくらか力を取り戻す。残っていた方の腕が持ち上がり、重く大地に突き立った。

「にゅうっ!? ゼブジールロボ! 動力経路が違うのだ!」慌ててザナタックがキーボードを叩くが、反応はない。ロボは突き立てた腕を支えにして、ゆっくりと上体を起こした。
 〈翼〉の一撃がその背中を襲う。不快な音と共にロボの翼がちぎれ飛び、背の装甲に大きな裂け目が入るが、ロボは倒れない。そのまま立ち上がり、体を引きずるようにして歩き出す。その先には、倒れたまま動かないゼブジールの体があった。

「こら、コントロール通りに動くのだ! お前には自律回路など搭載していないのだーっ!」

 コクピットの中のザナタックは必死でそこら中のレバーを押したり引いたり回したりするが、ロボの歩みは止まらない。ざばん、と血しぶきを跳ね上げ、ゼブジールロボはゼブジールの傍らに立った。
 三度銀色の刃がロボを切り裂き、今度はペニスと腹部装甲の大半が持っていかれた。大きく巨体が搖らぎ、ゼブジールの上に倒れ込みそうになるが、どうにか脚が出て踏みとどまる。その姿勢のままゆっくりと右腕が伸び、ゼブジールの傷ついていない方の肩をつかんだ。

「何をする!」ギルディアが驚いてその腕に取りついた。

『我輩にも分からないのだ!』ザナタックが言う間にもロボはガタガタと不穏なきしみを上げながら、片腕でゼブジールの巨体をつかみ上げる。血の気が引いて黒っぽくなったゼブジールの顔がちょうどコクピットのある鳩尾の真正面に来て、ザナタックは顔をしかめた。

「ゼブジールさんに何するんですか!やめて下さいっ!」
「……!いや、待て」

 足元の方でルキナ陣営の誰だったか……ジュヌビエーブとか、ブヌビエージュとか……が何やらわめいたが、ギルディアがそれを制した。このケイオスウォリアーには、これから起こることの予測が付いているのだろうか?

〈ガオオオオオオオオオオオオオオオオ〉

 ロボはゼブジールをつかんだ腕を大きく後ろに振り、それから思いきり前に振り戻して手を放した。ちょっとした塔ほどもある体が放物線を描いて宙を飛び、神殿の胸壁に激突して瓦礫をまきちらしながら沈んだ。

「きゃあっ!」ジュヌビエーブが短く悲鳴を上げる。
「あ、あいつ!」ミルファが気色ばむ。
「落ち着け、ミルファ。早くゼブの所へ行くぞ」
「でも!」
「分からないのか。あのロボットはゼブを逃がしてくれたんだ」
「え……」ミルファはハッと気づいて息を呑んだ。

「ゼブジールロボ、お前……わっ!」

 四度目の刃は正確に首筋を狙ってきた。ロボは回避行動をとらず、逆棘だらけの剣は右の鎖骨のあたりから入って豊かな胸の中心まで、深々とめり込んだ。ロボがすかさず右腕一本でそれを押さえ込む。同時に、テールユニットがしなやかに持ち上がり、股間をくぐって正面に回ると、自らの鳩尾にぴたりと狙いを定めた。
「なにっ!?」驚く間もなく、正面スクリーンをぶち破って棘付きの尾の先端がコクピット内に突っ込んでくる。その棘の一つから捕縛アームが伸び、ザナタックは抗う術もなくぐるぐる巻きになってコクピットの外に引きずり出されてしまった。

「ゼブジールロボーッ!貴様、生みの親である我輩をなんと心得ているのだーっ!! 生みの……?」

 ザナタックの言葉が止まった。ゼブジールロボがもげかけた首を傾け、ほんの一瞬こちらを見下ろしたように思ったからだ。と、ヒュウンと力強くテールがしなり、ザナタックの小さな身体は先程ゼブジールが放り出されたのと同じ方向へ、しかし比べものにならないスピードですっ飛んでいった。

「にゅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」

 空中で。
 視力5.0(矯正後)のザナタックの両眼は。
 傷だらけのゼブジールロボが〈翼〉の刃を一本きりの腕でがっちりと押さえ、静かに動きを止めて。
 その全身から真紅色の光がほとばしるのを、はっきりと捉えた。

〈ガオオオオオン〉

 直後、閃光と轟炎と爆風が渦を巻き、ザナタックは瓦礫の山に頭から突っ込んだ。急速に混濁する意識の中で、ザナタックはロボに搭載した自爆装置の威力について思い返していた。




『…ナ!ザ………!……ナタック!無事か?返事しな!』

 瓦礫が散在する斜面に、不格好なくらい大きな青い帽子が一つ転がり、その中から、ひび割れてくぐもった声が聞こえてくる。大きな鉤爪がそれを拾い上げ、帽子の中に縫い込まれた小型通信機のスイッチを入れた。

「ケイオスドワーフは無事だ。今、俺の部下が介抱している」

 鉤爪の持ち主はそこで言葉を切り、斜面の向こうを見下ろした。ラネーシア神殿の麓、ザラ陣幕の前庭付近には巨大なクレーターが口を開け、そのクレーターの中心部には、いくらか刃こぼれのした、だが大きな損傷は何もない銀色の凶刀がその刀身を浮かべていた。

「俺はラネーシア神殿守護者、ケイオスヒーロー・ルキナ様の副官ギルディア=フェアデンス。共同戦線の申し入れをしたい」

 帽子はしばらく沈黙していた。やがて、落ちついた声が帰ってきた。

『アタシはケイオスヒーロー・ザラ様の副官、ベラ=ゼオラ=ラディアンス。話を聞かせて貰おう』

 神殿の戦いは、新たな局面を迎えようとしていた。



〈終・本伝に続く〉




語注:

 アードラ碑石、メルト碑石…ザラ陣幕の結界防衛網を作り出している「十七碑石」と呼ばれる特殊な魔導石の一つ。

 三角野郎…パルボIQの最下級端末である機動破片の人型形態「メンバーズ」のこと。三角形の金属片に手足が付いたような姿をしており、戦闘能力は下級魔族と同じ程度。十や二十ならば混沌戦士の敵ではないが、万の単位で攻め寄せるその数が脅威である。

 モードLΓヨリVΔヘ移行…パルボIQは休止状態から最終攻撃形態まで六段階の戦闘モードを持っており、LΓ(エル・ガンマ)、VΔ(ヴィー・デルタ)はその四番目と五番目。いよいよパルボが本気を出してきたことを意味する。ちなみに最終モードはZΩ(ズィー・オーム)という名で、もっと後の章で登場する。

 ザナリウムγ…別名ルナ・ミスリル。ザナタックが某プレーンの月面で開発したミスリル系超高張力合金。類似品に、無重力化でのみ製造できるザナニュウム合金というのもある。

本文中の挿し絵は、それぞれ玄魔さん、A・S・Kさんよりいただいたイラストを使用させていただきました。