イェンの章4
 (syo)

「イェン・・・」セルージャは彼女にしては可愛いくらいの小さな、勢いの無い声を出した。
「何だ。地獄の事なら留守番を置いて来た。正直心配だが今はそんな贅沢は言っておれぬから仕方が無
い。そういえば、樹、少し枯れたか・・・・・・」
 イェンは枯れかけた次幻樹の姿を一瞬だけ見た。その動きに釣られてセルージャも見る。
「・・・・・・え、うわ? え? おい次幻樹・・・」
「確実に枯れてきている。急ぐぞ、気を入れ直せ」
 その声にセルージャは首を戻し、両の拳を強く打ち合わせ、気を入れる。
 イェンはその姿を横目で見、微かに唇を歪めた。
「厭な姿だ・・・」チャイニーズ・デーモンはパルボIQへ目を向け、呟く。
 パルボIQの<胴体>になにか駄菓子のおまけのようについている顔の、時には大きく見開かれ、時
には針のように細い、もしかしたら観察するという目的で有るのではないのかも知れぬ両目と視線が合
い、イェンはしばらく動きを止めた。どのように差し引いてみても猿の顔は燦然と輝いていたりは見え
ず、ただ気分が悪くなるばかりの醜悪さであった。
 目を合わせたまましばらく止まる両者。パルボが先に、おそらくは攻撃のために顔を動かして視線を
逸らした。それを確認してからイェンは怪しいほどにゆっくりと右足を上げ、そしてそのままの姿で停
止し、また動きを止めた。
 パルボは計算をしているような機械の声を出し、砲塔をまとめてイェンに向けて、
「撃たれるな」
 と、標的が言い終わった直後に撃ち出した。
 光の束にやられて大地は削られてしまう。だが獲物である両性具有の賢人は、右足に術を纏わりつか
せて強固な楯とし、その束を蹴って跳躍した。翼をたたみ、空気抵抗を出来る限り受けぬようにする。
 パルボは機械の中の機械であるので感情は無い、そのために慌てたりしない。しかし標的のこの動き
は計算に入っていなかったのだろう、いかにも咄嗟といった感じで、腕の代わりにもなる触手をイェン
へ数十本放って強固な壁とした。
「無念だ」つぶやき、チャイニーズデーモンはその壁へと一撃加えただけで、その場を離脱し、直ちに
セルージャのすぐそばまで移動し、視線をパルボに向けたままで魔看護婦の頭に手を置いた。
「・・・・?」何故この手をオレの頭に置くのか? とでも言いたげな目でイェンを見るセルージャ。
「しかしよく今まで生きていた。きっともう突っ込んで行って死亡しているものと半分諦めていたぞ」
イェンは小馬鹿にする言葉を笑って吐き出す。
「ば、馬鹿言うな、オレがそんなにも無謀に見えるか?」手を払うセルージャ。膨れっ面である。
「無謀でも強いから今まで生きていたのであろうと予測しているぞ。聞け、無理は絶対に禁ずる、善い
な?」イェンはまたセルージャの頭に手を乗せる。そして軽く何度か叩いて、剣に手を戻した。
「善いなじゃねえよ、あのな、オレは」セルージャは反論しようと声を荒げるがしかし、以降の話を手
で制し、イェンは、
「後で聞こう。来たぞ」パルボの存在する方向へ歩き出した。
 セルージャも膨れっ面を一旦解いて後に続き、そしてすぐに追い越し、走り出した。
 弾丸のように地を駆け、セルージャはパルボの懐へ飛び込む。
 パルボはそのよく変形する素敵な胸板でもって侵入者を撃破しようとした。
「っらあっっ!」胸板が完全に変形する直前にセルージャは、自前の兵器、筋肉がびしりと張った腕に
有る必殺の鉄拳で四回の打撃を行い、すぐさま離れ、敵の頭に乗った。
「さあ覚悟しやがれ猿機械っ!」
 セルージャは右の拳を固め、パルボの頭を殴りつけた。
 しかし。
 すぐにセルージャはその場から姿を消した。
 あろうことか、パルボの頭が変形し、まるで鰐か鮫の口のようにばっくり開き、飲み込んだのだ。
「・・・・・!」流石に冷静にそれを見て居る事は出来ず、イェンは慌ててパルボに向けて下位の、し
かし充分に力を込めた霊体の弾丸を撃ち出し、猿顔機械の首らしき器官へ命中させた。
 にゃっ、という、おそらくはパルボを構成する物質同士が擦れあった為に出た声と共にセルージャは
忌まわしい猿の顎から派手に嘔吐され、イェンの足下へ、背中から落ちた。
「・・・・・ヘッ・・・引き千切ってやったぜ。ほら」セルージャは手にある金属をイェンに見せる。
 イェンはそれを見るも、間も無く横たわるセルージャの脇腹を蹴り、起きよ。と命じた。
「き、厳しいことを言う・・・・」文句を言うが立ち上がろうとする。
 イェンはセルージャに手を貸して素早く起こした。パルボは首に坩堝のような穴を残したままに、幾
つもの光の剣を撃ち出し、怒り狂って突撃してきた。もちろん感情は無い、只そう見えるだけである。
この機械は非常に器用な躰をしているため、首と上半身だけを取り外し、ぐるぐると回転してふたりの
守護者へ突っ込んでくるが、狙われるものも只者では無い。
 セルージャは絶叫を上げて跳躍し、空中で身を捻り、脚を抱え込み、そのまま落下する。うまい具合
にそのままパルボの頭部に命中し、なんと首を落とすという成果を上げた。代償は幾十もの擦過傷であ
るために高い買物ではないのだろう。だが、イェンは不満に眉を吊り上げ、セルージャを睨みつけた。
 彼女は飛んで来たパルボの上半身を紙一重でかわし、少しだけ傷を与えただけである。
「い、痛ぇぇっ・・・」首の残骸から身を起こし、セルージャは呟く。その間にパルボの<胴体>の派
手なぶっ壊れ方をした上半身は下半身へと帰宅しそこで確実に回復する。急いでいるのだろうかすぐに
首がもとに戻り、笑ったような顔を造った。なのでイェンは益々不満に眉を吊り上げ、セルージャへ向
けたものとは比べ様の無い、人が殺せるほどに殺意が含まれた目で睨みつけた。無論のこと敵対者はそ
んなことではびくともしない。それが分かっているので尚更に目付きは悪くなった。
 そのままの目でセルージャをちらと見る。息が荒くなっている。背が曲がり、脚も内股気味である。
「あれでは、長く保たないな」言って静かにイェンはセルージャのすぐ後へ歩いて行く。
 肩に手を置く。が、セルージャは振り向かない。
 その為にイェンは魔看護婦の頭を手で掴み引っ張った。
「う・・・・ああ、イェンか。もう大丈夫だろう。首は一度落としたんだこれからもさっきとだいたい
同じようなやりかたでやれば・・・・・・」息をつく。そして「なんとか勝てるぜ・・・」そう続きの
言葉を吐き出した。
 イェンは頭から手を離して、セルージャを自由にした。放たれた彼女は息を吸い、少しだけではある
が回復した。
「何をするべきなのか解っておらぬのだな?」
「は? なに言ってやがる・・・・」息をまた吸う。
「今与えられた職務は何だ?」
「職務ぅ・・・? この迷宮を守ることだ・・・・・何だ何が言いたい?」イェンを見る。
 パルボが動き出し、機械の音で威嚇をする。
「誰だ?」
「誰っ・・・・て・・・・」
「守りたいのは誰だ」
 刹那の時間だけ、セルージャは悩んだ顔を見せた。パルボがその中断をした。
<<軸加算行動開始修正修正修正終了直前終了 電脳修正開始・・・キиマ∀∈ゴゴリリ欄ガ・・・>>
 故障でもを起こしたのか、パルボは全体を左右に揺らす動きをした。同時に幾つもの太い触手を変形
させ砲としたがすぐには射撃せず、ぐらぐらと揺れて安定を欠いた動きをイェンと、うつむいているの
で定かでは無いが多分セルージャにも見せた。イェンは攻撃できる好機を逃すまいと動きそうになった
がしかし、今眼前に立つ相方の疲労が、足を象用の鎖で縛り付けたかの如く強く引き止めた。彼女はす
ぐに逃げたほうが良いと判断し、セルージャを片手で抱え、転移の術を使う。それはパルボとの距離を
取る為に使用され、先程より遠距離とはなったのだが、至って近い距離である。だがしかしセルージャ
はその距離も不満らしく、
「行ってくるッ!!」
 と、残して突撃してしまった。
「稍等一下!!」
 母国語で待てと叫び、手を伸ばす。だが紙一重で届かない。
「・・・・・・・ッッ!!」
 イェンは、涙が出そうになった。


 飛び出したセルージャは一直線に走る。やはり守護者として選ばれる器、彼女は疲労し、負傷してい
ても存分に切れた動きを見せ、光の直撃から幾数十回免れた。
「ルウゥォォオおおっっ!!」叫んで跳ね飛び、パルボの下腹部へ飛び込む。
 イェンはそこまでは見えた。その後何を仕掛けたかは見る事が出来ないがしかしひとまず安心できる
結果が出た。
 セルージャは吐き出され、焼け爛れた大地に打ちつけられた。
 でもまだ生きていた。
 そして動ける状態だった。ために彼女はまた突撃した。
<<加算軸改変 砲門減少 威力重視開始 修正 終了>>
 砲門は寄り集まり変形し融合し巨大化する。そしていくつかの触手をぎこちなくも素早く動かし、敵
であるセルージャを攻撃した。それは回避され、彼女はその場から距離を取った。それと同時に砲から
赤なのか青なのか緑か白か黒かそれとも全部か善く分からぬ色彩の光が噴き出てきた。セルージャはう
まく回避出来なかった。直撃を受けた。
 しかしまだ彼女は生きていた。


 ティー=トゥー=イェンは力を温存して戦っていた。何故ならこの次にも戦闘は確実に有ると予想が
出来たためである。パルボは<胴体>だけではない。腹立たしくもまだ多数存在している。その相手の
為におとなしめの、しかし確実な戦法を選んだ。セルージャにもそれを説明したかったのだがいい機会
が無く、猿機械への苛立たしさも手伝って失敗してしまった。
 彼女はセルージャをどう思っていたのか? それは定かでは無いのだが、結局護ってしまった。
 見捨てていたらおそらく、倒せぬまでもDMが来るまでの時間は稼ぐことは出来ただろう、だが情が
邪魔して出来なかった。
 光の中へ、温存していた全ての力を振り絞り、イェンは飛び込んだ。セルージャに霊力の楯を付与し
て守護し、そして全霊力を鉄拳に乗せ、殴り、押した。
 結局、セルージャは光を、イェンの創り出した楯越しに受けた。
 護られた魔看護婦は地を転がり、何とか踏ん張り膝で立つ。
 頭に肩にはらりはらりと何かがかぶさり、最後に強く、硬いものが頭に当たった。攻撃と思ったのか
彼女は慌てた顔でそれを取る。同時に何とも表記し難い押し殺した声を吐き出し、目を潤ませ限界まで
見開き、手に取った何かを確認する。
「・・・・・・ッッッ!!」
 それはイェンの角だった。