イェンの章・2
 (syo)

 唐突に。
 一時間ほど前、イェンのもとに彷徨する電脳破壊神パルボIQの<右脚>がやってきた。無論、誰も
望みはしていない。破壊しかせぬ人格(実の所、それは人格というよりプログラムなのだが)を所有し
ているのだから歓迎出来る訳は無い。よってイェンは灼炎剣に貼りつけてある札を剥がし、それをもの
の見事に返り討ちにした。
 今、破壊神の残骸は彼女の前に有る。灼炎剣により刻まれた傷は深く、おそらく二度とは動かないだ
ろう。そして地獄の猛炎で溶けて無くなってしまうのだろう。
 不躾な訪問者を斬り倒した後、イェンはひとり、今から留守にする地獄のことを一旦任せる人物を召
喚した。この場から出て行かねばならぬ用事が先刻、出来たのだ。
 信頼することが出来、後から今回の事を説明しても寛容に「それなら仕方ない」と、受け止めてくれ
るであろう人物を呼び出す予定であった。
 かくして召喚されたのはひとりの少女である。身体にぴっちりと、無駄なくらいに貼り付き、これで
もか、まだ足りぬかと言うかの如くに肉体の線を強調する服を着た少女である。
 名前はティー=トゥー=メイ。
 イェンの妹である。
「あい〜や〜・・・・いったい何が・・・おあおっ! 姉上、姉上〜っ!」叫び、イェンに抱きつこう
とするメイ。しかし、感動の再会とは程遠く、イェンの拳は妹の頭を強く殴り、動きを強制的に停止さ
せる。
 鉄板をかじったような顔で、イェンは落胆し、片腕を頭に当てて小さく唸った。
「残念・・・変わっていない」寛容に受け止めてはくれそうだが、頼り甲斐は無い。イェンはそう判断
する。
「痛いアル姉上! あ、まさかその方面に趣味を伸ばしたアルか? それならそれでこっちにも心の準
備が・・・や、なんだかそんな雰囲気とは違うアルね、残念無念アル・・・・」心底残念そうに言い、
メイはイェンの前に立つ。目には僅かに涙が浮かんでいる。先程殴られた箇所が痛くて仕方が無いため
である。
「姉上、さあ私を使って下さいアル。なんだってやるつもりアル。そう例えば縄を・・・」間違った方
向に気合を入れているメイ。
 イェンは困った顔で妹を見て、聞こえないほど小声で「・・・理想とは雲泥の差か、井中に火を求め
たやも知れぬ・・・」と、後悔の呻きをあげた。
 イェンの予定では、メイはもっと成長しているはずだった。精神の面でも肉体の面でも、大人になっ
ているはずだったのだ。だが残念な事に、妹は身体だけが見事に成長し、精神は以前のまま、子供っぽ
いままで止まっている。
「仕方が無い。メイ、悪いが・・・見張りを頼む」文句を言っても始まらない。妹には見張りとは名ば
かりの留守番でもして貰おう。そう決定した矢先、溜め息がイェンの口から出て行った。
「え? わ、わかたアル。どうでもいいアルが、何だか姉上はいつも落ち込んでいるように見えるのは
気のせいアルか・・・・?」メイは心配げに姉を見る。
 最愛の姉は目を合わせようとしない。
「姉上・・・・」何の目的もなしにそう口に出す。
「ああ・・・ああ、そうだ、メイ。甘いものは好きか?」メイを有効利用出来る術を思いついて、イェ
ンは軽い落胆から立ち直った。
「好きアル」姉の質問に素直に答える。
「じゃ、ほれ」腰に下げた飴の袋をメイに手渡す。
「アル?」
「飴だ」
「飴アルか・・・」メイは飴を袋から取り出し、ひとつ口に含む。
 メイにとっては丁度良い甘さであった。
「なんか、おいしいアルね。これは姉上が創ったアルか?」
「いや、貰い物だ。それは後で食っていてくれ。おまえさんにやろう。兎に角メイ、今から私は出掛け
る。すぐに帰ってくるから・・・見張りを頼む」振り向き、メイに白と黒の羽根を見せ、イェンは歩き
出した。
「え?」
「何、可愛い奴が無茶をせぬようにするだけだ」
「で、出掛けるって、姉上、どこに行くアルか・・・? わ、私も」
 ついて行くアル、そう言ってメイが追い駆ける前に、姉の姿は転移の術により見えなくなった。
 逢いたかった姉の態度が、予想以上に冷たかった事に悲しくなり、メイは微かに、泣いた。