セルージャの章・4
 (玄魔)


 どうん…………

 迷宮が揺れた。

 そのゆるやかな、だが重い震動が、セルージャ=ガレリア=ストラストヴァロスを、闇の淵からゆっくり押し戻した。

(背中が熱いな……)

 最初に浮かんだ意識はそれだった。闇に沈む前、最後に思ったのも同じことだったと、随分たってから思い出した。

(背中……?)

 どうやら、錯覚ではないらしい。拡散した意識をぼんやりと集めてみると、焼け付くような痛みが実際に背中へ突き刺さっているのが感じ取れた。

(次幻樹の切れっ端かな…………ハハ、オレの体、案外ヤワだったんだな……)

(寝惚けるな)

(え?)

 突然誰かに叱咤されたような気がして、セルージャは首を左右に……意識の上でだが……回してみた。だが勿論、他の誰もいるはずはない。

(眼を開き、四囲を見よ。ここがお主の死場所か。朽木に埋もれ、己の敗北に溺れて眠るがお主の本懐か?)

 幻聴、だろうか。声に言われるまま、重い瞼を薄く持ち上げてみる。
 真綿を込めたような闇。だがその中へかすかな、本当にかすかな光がどこからか射していた。

(そんな腑抜けを助けるために……)

 膠で固められたような首を今度は実際に、慎重に回した。視界の隅、背中の方に、きらりと光を放つ何かが映った。

(……私は死んだのではない)

「イェン!!!」

 初めて声に出してセルージャは叫んだ。途端、背に刺さっている痛みの本体が灼炎剣の切っ先であることを理解した。
 それと同時に全意識が一気に覚醒した。ありとあらゆる情報が、激痛と一緒にどっとばかり五感へ流れ込んでくる。

 肋部重度陥没。五箇所の内臓破裂。視界不良。左大腿複雑骨折。出血多量・体温低下、その他骨折・裂傷・内出血多数。打撲・擦過傷ほぼ全身。霊体損率39%、魂魄流量2.7トレーン、内霊圧127ウクバール。

 結論。容態、極めて危険。
 最低一ヶ月の絶対安静と、半年の静養が必要だ。魔導看護婦としての彼女は、そう診断を下した。

 だが。武闘家としての彼女の判断は違っていた。

  、、、
 まだだ。

 まだ、拳は握れる。
 まだ、血は赤い。
 歯を食いしばることができる。
 大地を掴む脚がある。

 まだ、オレは燃えられる!


「…………力を、貸してくれよ」
(承知)

 力強い褐色の腕が、肉に突き立つ熱い鋼をがっしりと掴んだ。




〈セルージャの章・5に続く〉



語注

・魂魄活性・内霊圧…肉体にとっての体温や血圧に相当する、霊魂の健康状態を測るパラメータ。セルージャクラスの魔族だと、魂魄流量は8〜10トレーン、内霊圧は150ウクバール程度が正常値。平たく言うと、霊的にも危篤状態ということ。