ルキナ&ザラの章・2
 (Rebis)

「ゆ…許さないぞ…」
 ルキナは、歯を食いしばっている。
「許さないんだから!!」
 愛らしい眉はつり上がり、灰色の瞳は怒りにたぎっている。

「なんなのさ、アイツ!? ボクらのベッドを壊すようなヤツは……絶対に、許さないぞおおおお!!」
 ルキナは絶叫するや、眼下の破壊の海へ……引き裂かれたラネーシア神殿へと、飛び降りた。


 かつて美しい緑の庭園と、精巧かつ壮大な建築を誇った快楽神の神殿は、無惨に崩れ落ちていた。
 その中央に立つは、悪夢のように巨大な、銀色の塔。
 いや、それは腕か。
 吐き気を催すようなギラつく金属の群が、絡み合い重なり合って造る姿は…そう、悪趣味な「左腕」のオブジェの如く見えた。

 その「左腕」の襲来によって、ラネーシア神殿は瞬時に壊滅させられていた。
 直撃すれば空間そのものを虚無に崩落させる無数の兵器と、人型の機動兵器群。
 個々はルキナにとって対処し得る相手であっても、不意を打たれ、奴隷達を守りながらの戦いでは、限界があった。
 かくてルキナは、崩落した神殿から奥まった場所まで奴隷達を後退させ、一部の戦士を率いると、かろうじで残った神殿の塔から敵を睥睨していたのである。
 だが、本来その性奔放なルキナが、怒りを堪えていられるのも、ここまでだった。


 背後で部下達の止める声を感じつつ、ルキナは怒りで荒れ狂う嵐の如く、銀の海に突っ込んだ。
 当たるを幸い、機動破片の群を、薙ぐ。薙ぐ。薙ぐ。
 巨斧の一振りごとに、海に生じた大波のように、数百数千の敵兵が吹き飛ばされ、砕け散った。
 敵は減じない。
 たちまち、ルキナの周りが銀色のドームと変わる。その材質全てが、敵。

「うあああああああああっ!!」
 ルキナの一声と共に、回転する右腕の触手が竜巻を作り出した。
 剛風に砕かれ銀の塵と化し、侵略者がバラまかれる。
 斧で波を作り、触手で竜巻を作り、ルキナは駆ける。
 銀色の破壊者の海が、ルキナの走る形に裂け、悶え、再生する。

《警告。第591ヨリ632メンバーズ大隊ノ損耗率ガ予定許容量ヲオーバー。
 当第7兵装肢ハAレベルノ障害ニ遭遇ト結論》
「オマエだなっ…本体は! こんのっ……」
 目の前に現れた、巨大な銀色の左腕めがけ、ルキナは斧を振り上げた。

「バカ銀色おばけめええええええええええっ!!!」

 直撃したエネルギーが大地を陥没させ、引き裂かれた大気は悲鳴を上げながら真空と化し、戦場を包んだ。
 ルキナの周囲を、膨大な数の機動破片−メンバーズが、打ち砕かれて散る。
 轟音と爆風の中、ルキナは確かな手応えを覚えて、やっと無邪気な微笑みを取り戻した。
「バーカ! バカバカ! ボクの神殿をこんなにするから……」

 っ!!

 微笑みが凍り付いた、その瞬間には。

 ルキナの右肩が、無くなっていた。


***


「とあーっ! とあーとあー!! す、すすすすす凄いのだーっ!!」
「ザナタックっ! 騒いでいる間があったら、敵の鑑定を急ぎなさいっ!」
 さしものザラも日頃の余裕なく、隣で奇声を上げるザナタックを怒鳴りつけた。

 平常は巨大なテント状のザラ勢陣幕は、戦闘用に変形し、巨大な城塞の形を呈していた。
 城門に立つは、巨大な御影石のザラ像。十七の碑石が城塞を取り巻き、混沌の魔力に輝いて強大な結界を創り出している。
 だが、結界の表面はびっしりと銀色の破片に埋め尽くされていた。その一つ一つが、人間型をした金属生物なのだ。
 突如として起きた破壊神の襲来に対し、ザラ勢は直ちに臨戦態勢を整え、変形した陣幕での籠城戦に入った。
 ザラの指揮を受け、また変貌する地の利を得たザラ勢は、今の所一片の敵を侵入させることもなく、戦いを続けている。
 
 このままでは…まずいですわね……
 ザラは舌打ちしつつ、二振りのマジックウェポンで敵の一軍を切り裂いた。
 この程度の敵なら、どうにでも戦える。
 問題は、その数が限りないことと……
 銀色の彼方にそびえ立つ、巨大な翼……砲の一撃で陣幕の半分を吹き飛ばした、敵の本体の存在だ。
 ザラは魔力の城壁に立って全軍を指揮しながら、ザナタックに敵本体の鑑定をさせている所であった。

「ででですから、その鑑定の鑑定が凄いのだっ! 完璧な単独作戦遂行能力! 絶大な主砲攻撃力と機動兵器の自己生産・展開! そして自立判断と自己再生っとあー!! にゅにゅう、ザラ様、素晴らしいのだっ! 完璧! 完璧な破壊兵器なのだっ!!」
「その完璧に攻撃されているのですから、たまりませんわっ!!」
 こんな時にも変わらぬザナタックの振る舞いに呆れつつも、ザラはザナタックの分析を反芻した。

 やはり、本体を破壊するしかない!

「本陣の指揮はラディアンスが執りなさい! セリオス、リュカーナ、ジェナ、ブランジェ、切り込みますわっ、ワタクシに続きなさい!!」
 ザラの鋭い声に、背後から一斉に応が挙がる。
 そしてザラと戦士達は、一つの刃と化して、戦場を貫いた。


***


「ボクのっ…ボクの肩がっ! 何度もみんなにキスされた…大事な…肩だったのに! このっ…このおおおおおおっ!」
「ルキナ様っ! 落ち着いてっ!! 下がってっ!!!」
 敵の消滅兵器に撃たれ、そげ落ちた肩の肉と骨が、混沌の力に癒されて再生していく。痛みは少ないが、自分の中に蓄えられた混沌の力が、再生に消耗するのが分かる。
 だがルキナの怒りは、もはや収まりきらないほどに膨れ上がっていた。

「ルキナ様! いくらルキナ様でもお一人じゃあムリです!」
「……?」
 神すら射殺すような視線で敵を睨んでいたルキナは、繰り返し自分を呼ぶ聞き慣れない声に、やっと気付いた。
 これは…男の声!?

「誰だっ!?」
「ぼくっぼくですよっ! ルキナ様っ! ルキナ様の親愛なる下僕、ビヨーンです!」
「あれ…ビヨーン…なんでここに…?」
 ルキナはようやく自分が、魔導師にして邪道化師・ビヨーンの創り出した結界球の中にいることを理解した。
 道化の帽子に魔導師のローブ、少年とも若者ともつかない顔の異人が、群がる機動破片に対して結界を張っている。
 迷宮の旧市街に出入りし、しばしば神殿階層に入り込んでは衛兵に半殺しにされていた魔人、ビヨーン。その実体は強大な魔導師でもあると言われているらしいが、いずれルキナにとって男という生物は興味の範囲外である。ただちょいとばかり面白いし、斧で叩いても死なないから、殺していない…というだけだ。
「あれは…多分、究極絶滅電脳兵神、パルボIQですっ! まさか…本当に存在するなんて……今でも信じられないけど…とにかく……逃げましょう!」
「パボル〜!? そんなの知るもんかっ! ぜったい、ぜーったい許さないぞ! にゅあ〜!!!」
 ルキナは止めるビヨーンの頭を蹴り飛ばすと、再び斧を構えて飛び出そうとした。

「神殿の皆さんを守れるのはルキナ様だけでしょう!!」
 結界の中で逆さまに蹴倒されたビヨーンが、叫んだ。
「……!」
 ルキナは動きを止め、緩慢に道化師を振り返った。
 道化師は、道化らしからぬまっすぐな視線で、ルキナを見据えている。
「道化がマジメになるってことは、ホントにホントの本気になるってことです。だからルキナ様、ここはぼくに任せて、いったん神殿へ」
「……」
 男なんて生き物の指図を受けたことなど、ルキナは今まで一度だって無かった。
 けれど。
「……分かった」
 ほとんど何も知らないこの道化師だけど、これからコイツがすることを無駄にしちゃいけないと、ルキナの中の何かが言っている。
 ルキナは振り返ることなく、結界球を飛び出して神殿跡へと走った。

 下らないヤツだけど、もう会えなくなると思うと……
 少しだけ、淋しかった。


***


 次元を覇するダイナストを目指す魔導師には、似つかわしくない無謀かも知れない。
 相手は、ある限りの魔導書を読んでも、伝説としか思えなかった究極の破壊神、パルボIQだ。
 戦う必要などない。
 戯れに訪れた迷宮を、守る必要などない。
 定めもなく出会った混沌の申し子一人を、救う必要などない。

 だが、全ての理論が否定する中、ビヨーンの魂だけは、今が師に禁じられた術を使う時だと叫び続けていた。

「ごめんなさい先生! ぼく、もう一度…無限加速砲を…<パニッシャー>を、使います!」

 ビヨーンは懐から白く燃える魔剣を取り出すと、それを転移空間へと投げ込んだ。
 二度と唱えるまいと誓った禁呪を紡ぎ、時間を早め、無限の加速とエネルギーを一点に収束していく。

 結界球が粉々に砕け散った。
 想像を絶する大きさの左手が、結界を、ビヨーンの肉と骨を、一気に握りつぶしていく。
 道化師の視界が、紅い銀色に染まる。

「パニッシャアアアアアアアアアっ!!!!」








 閃光が、迷宮を貫いた。

(ルキナ&ザラの章・3へ続く)