メリン&メランの章・2
  (夜魔)
             
 次幻樹の至る所で、美しくも淫猥な娘達があわただしく動き回っていた。
 インフィニアより、この魔人Rebisのダンジョンへ移り来てから、どれほどの時が流れただろう? その無限に続くとも思われた日々が、こうもあっさり崩れ去るとは……。
 パルボIQ。あらゆる存在と非なるモノ。有に無を、生に死を。それのみを存在理由とする完全なる消去者。
 パルボIQが放った無存在砲の攻撃を受け、次幻樹は、今まさに崩れ落ちんとしていた。

「みんな、急いで! ここも長くは保たないから!」
 メランの指示で、淫魔達は次々と次幻樹を抜けて、インフィニアへと逃げ込んだ。豊かな胸に、持てる限りの次幻樹の葉を抱きながら。
 次幻樹が宿す様々な想いを、一つでも多く残したい。次幻樹の葉に込められた温もりを感じながら、淫魔達は必死にインフィニアを目指した。
 そんな中に……。
 とてとてとて……ぽてっ……ばっさぁ!
「メリン! 何やってるのよ、もう!」
「うにゃ? お手伝いだよ。失敗しちゃったぁ」
 えへへ、と頭を掻きながら、メリンは立ち上がった。
「もう、じっとしてて。ともかく、邪魔だけはしないでね」
「あ! めらんちゃん、サルが何かやってるよ」
「もう、こんな時ぐらいちゃんと話を……えっ?」
 メリンが指さす先では、これまでは単調な攻撃を繰り返すだけであったパルボIQは、突然その攻撃を止めた。
『第五兵装肢、ダメージ重大。機能回復ヲ最優先ニ。該当階層ニ於ケル作戦計画一時凍結。第二、七兵装肢、ダメージ軽微。作戦達成は、45.87%。第三、四兵装肢、防御障壁を破れず。第三兵装肢は攻撃目標ヲ、本体在中ノ階層ニ変更。第四兵装肢ハ予定通リ、作戦ヲ遂行スル』
 二人が見つめる先で、第二階層を突き破り、他の階層へ向かっていたパルボIQが一肢がするすると巻き戻された。
 まるで尾のように見えたそれは、三つ又に分かれた先端部を威嚇するように次幻樹に向けた。
「! まずい! みんな、早く逃げて!」
 いくら叫んでも、間に合うはずもない。そう分かっていても、メランは叫ばずにはいられなかった。
 なんて無力なんだろう、あたしは……。護るべき物を前にして、立ちつくすことしかできないなんて。
 尾の先端部が、白く光り始めた。
『虔善育聖砲発射』
 一際大きな光弾が、次幻樹を襲った。たったその一撃で、幹が大きく揺らぐ。
『ダメージ確認。対象物破壊まで、後三撃』
 無機質なパルボの音声が、メランの心を苛立たせた。あたしたちが大切にしてきた物が、こんな奴に。その怒りは、パルボに、そしてそれを止める力を持たない自分へと向けられた。
「……メリン、ちゃんと、みんなをインフィニアへ逃がしてね。そして、メリンも早くインフィニアへ避難して」
「めらんちゃん……どうかしたの?」
 見慣れぬ表情をしているメランに、メリンは本能的な不安を覚えた。
「頼んだよ。これからは、一人でもしっかりね」
「めらんちゃん!」
 一撃ぐらいなら、受け止めてみせる! イェンやセルージャや、それにルキナやザラみたいには、あたしは戦えないけど……あたしだって、守護者なんだ!
 パルボIQのたった一撃を止める程度で、どれほどの淫魔をインフィニアに逃がせるかは分からない。或いは、完全な犬死にかも知れない。
 ……それでも。
「もう、これ以上誰も傷つけさせないんだから!」
 頭のねじが外れたように、お気楽そうに笑う姉の顔が、メランの脳裏に浮かんだ。
『第二射準備』
 目の前に立ちはだかる蚊蜻蛉など目にも入らぬと言う様子で、パルボIQは再び尾を次幻樹に向けた。
「メリン、元気でね」
 両手を広げ、少しでも次幻樹を庇おうとするメランは、ギュッと目をつぶった。

「メラン、そこを退け」

「えっ?」
 聞き慣れた声であった。しかし、いつものように、頭に直接話しかけられているわけではない。久しぶりに直接鼓膜を振るわせる、懐かしい声であった。
 とっさに、高度を下げたメランのすぐ上を、赤色の光の奔流が迸った。光は、今まさに第二撃を放とうとしていた尾を砕き、そのままパルボ本体へと突き刺さった。
「Rebis様!」
 振り返ると、バイザーを上げたその両眼より、その光を放つダンジョンマスターがいた。あまりに強力な力故に、自身での制御も儘ならぬブラスト。その力は、次幻樹に迫っていたパルボを押し戻すに十分であった。
 いや、それとも、そのブラストですら砕くことが出来ないパルボに驚嘆すべきか……。
「くっ、ここまでか……」
 バイザーを下ろし、ダンジョンマスターが苦しげに息をついた。
「Rebis様!」
「えびすぅ!」
 抱きついてきた二人の淫魔の頭を、Rebis優しく撫でた。
「ご苦労だったな。さて、奴がパルボIQか……」
 Rebisがバイザー越しに睨み付ける先で、パルボIQは再び立ち上がろうとしていた……。

(メリン&メランの章・3へ続く)