メリン&メランの章1
 (夜魔)

「めらん〜、おなかすいたぁ〜」
「もう少し我慢しなさい。もう、今作ってるんだから、抱きつかないでよ」
「だって、めらんのからだって、さわってるだけできもちい〜んだもん」
「ちょ、ちょっとやめ……だめだったら!」
 魔人Rebisが迷宮の第二階層。そこにそびえ立つは、禁断の界インフィニアより来たりし次幻樹。夜毎の艶夢をその内に蓄え、その麗しき幻影を無限とも思える一葉一葉に映し出す、魔淫の樹。
 その次幻樹を護るのが、このお気楽な会話をくりひろげる双子の淫魔、メリルとメランである。もっとも、メランにしてみればひとまとめにされるのは納得がいかないであろうが。
 姉であるメリンは、そのねじが抜けていそうなお気楽そうな笑顔で、メランの巨大な乳房に顔を埋めていた。妹であるメランは、フライパンとフライ返しを手に、エプロン越しに顔を胸に擦り付けてくるメリンから何とか逃げようとしていた。
「もう、だめだったら!」
 そう言いながら、メランはコンロにフライパンを置いた。こうなったら梃子でもメリンが動かないことを、うんざりするほど繰り返されてきたこれまでのやり取りから学んでいたのだ。
「へへへ、ボク、めらんのおっぱい、だいすきだよ」
 二人の愛に営みに、場所や時間等という野暮な物は関係なかった。「めらん、ごはんまだぁ?」
「……誰のせいで、こんなに遅くなったと思ってるの?」
 メリンは、必死に襲い来る殺意を押し殺しながら、極めて冷静に答えた。
「でも、ボクおなかすいたぁ。はやくはやくぅ」
 両手に持ったナイフとフォークで皿を鳴らしながら、メリンが足をじたばたさせる。
「ねえねえ、めらん、るきなとざら、どっちのHのほうがきもちいいかなぁ?」
「そんなの知らないわよ!」
 メランは、完全に冷え切ってしまったスープを温め直し、メインディッシュである子羊を焼きながら、苛立たしげに答えた。
「めらんは、どっちとシたいの?」
「……ねえ、メリン、人の話聞いてる?」
「そうだ、こんど、よにんでしよう? そうすれば、ボクもめらんもうれしいし、るきなとざら、どっちがきもちいいかもわかるもんね」
「……」
「あ、あれなにかなぁ? めらん、めらん、あれなに?」
「メリン! いい加減にしてよ! ご飯食べられないよ!」
 メランは、流れ出た肉汁を掛け直すためのお玉を手にしたまま振り返った。と、メリンは、窓の外を見つめながら、何かを指さしていた。
「もう、何なのよ、一体!」
 仕方が無しにメリンの指さす方に顔を向ける。すると……。



 そこには……何もなかった……。


「……何よ、アレ……」

 メランは、ようやくそれだけの言葉を口にした。
 ほんの数瞬前までは、そこには何もなかった。
 いや、正確に言うならば、今でも、そこには何もなかった。そう、何も。窓から見えていた第二階層の見慣れた風景が、その一角だけすっぱりと抜け落ちていた。
 一切の無。虚無だけが、そこにあった。
「何も無くなってる……一体どうして……」
「どうしてって言われても、ボク、わからない」
 訳が分からず混乱するメランを、元から何も分かっていないメリンが不思議そうに見つめる。
 その答えは、次の瞬間その虚無の中から現れいでた不可思議な金属製の塊であった。
『我ハ、パルボIQ。我ハ、アラユル存在ヲ消シ去ル者ナリ』
 その声は、迷宮の全ての者の耳に、心に響いた。
 同時に、パルボIQの背後から七本の触手が現れ、迷宮の各階層へと伸びていく。
「われはサルなり?」
「馬鹿なこと言ってないの! なんか、かなりやばそうだよ」
 後の世に、パルボIQ戦記と呼ばれる壮絶な争いの、これが序章であった。

(メリン&メランの章・2に続く)