Xmasスペシャルストーリー

ルキナのクリスマス

                                                                           














































































































 眼下の街はきらびやかに光り輝いていた。
 以前来た時に比べると、風が冷たい。
 けれどもルキナはそんなことも気にせず、はしゃいだ雰囲気の街を楽しげに見下ろしていた。
 久しぶりの地球。
 聖戦を迎えてから迷宮を出ることもなかったルキナは、間もなく産まれるヴィランデルの子供に珍しいプレゼントでも
買おうかと、レイシャの地球への買い出しに同行したのであった。

「今夜は、サワナに会った日に比べると、ずいぶんにぎやかな感じだね」
「はい」
 人目に付かぬよう魔力のヴェールをまといながら、都市の上空をゆるやかに飛ぶルキナとレイシャ。
 レイシャはいつも通りの姿に買い物かごを下げ、ルキナは少しばかり地球の風俗に合わせた衣装を着ている。
「ボクはおもちゃ屋に行くつもりなんだけど…レイシャは?」
「数点、地球にしかない食材と掃除用具を購入します」
 レイシャはルキナに向き直ることもなく、静かに応えた。
「ふーん。じゃあ、えっと、帰るのはいつごろ?」
「夜明けちょうどに、先ほどの異界門現出地点でお待ちいたします」
「うん。分かった。じゃあね!」
 ルキナは飛行の軌道を大きく変えると、レイシャから離れ、一人地球の都市を見物し始めた。

「うーん。赤ちゃんだからなあ。ぬいぐるみかなあ。それとも食べ物の方がいいかなあ…」
 ルキナは腕を組み、人間には見えないのをいいことに、ビルの合間をふわふわと浮遊していた。
「はっ! そういえばボク、レイシャがいないと、お店の場所も分からないぞ! 困ったなあ…」
 うんうんと唸りながら、波間に漂うように空を飛ぶルキナ。
 目の前に何かが現れたと気付いた時には、もう遅かった。
「ほええええっ!?」
 衝撃が走り、キラキラと星が舞う。盛んにベルの音を鳴らしながら、ルキナと衝突相手は近くのビルの屋上に
墜落した。
「にゅ…あいたたたた」
 頭をふりふり、ルキナは起きあがった。
 屋上では派手にソリが転覆し、8頭ものトナカイがてんでにひっくり返っている。
「うむむむむ…こりゃあ参った。誰じゃ、フラフラと空なんぞ飛んで…」
「…おじいさん、誰さ?」
 ルキナは不機嫌そうに口を尖らせると、ソリの中で四苦八苦する白髪の老人を見下ろした。


「なんじゃと、わしのことを知らん? まだそんな子供がおったのか…」
 赤い服を着た恰幅のいい老人は、ルキナの返事を聞くと、天を仰ぐようにして嘆いた。
「知るも知らないも、地球のコトなんか全然知らないもん。それに、ボクは子供じゃないぞ!」
「ん? やや……ほほう」
 険悪な表情になるルキナを見て、老人は何かに気付いたらしい。
「きみはこの世界の者ではないな。それに…あまり良くない、禍々しいモノじゃな」
「だったら何さ? ボクのこと、やっつけるつもり?」
 ルキナは目を細めると、左手を背後に回し、愛用の斧を巨大化させる構えを取った。
 地球にも、超常的な力を持つ住人がいることは、知っている。
 しかし異世界の者だろうが超常的なモノだろうが、気に入らなければ斧でバッサリやるのがケイオスの子・ルキナである。
「おじいさんがフツーの人間じゃないことは分かるけど、ボク、負ける気もしないよ」
「おお、こりゃ参った。まあまあ、待ちなさい」
 老人はおどけたように笑うと、転覆したソリを立て直し、その席に腰掛けた。
「悪いモノには見えるが、悪い子には見えん。どちらかというと良い子に見える。良い子じゃったら、どこの世界の
 どこの国の子でも、わしは仕事をせねばならん。それが誇りじゃからな」
「…んん?」
 ルキナは拍子抜けしたように構えを解くと、ソリの縁に手をついた。
「わかんないなあ…悪いって言ったり良いって言ったり…おじいさんの仕事って、何なのさ?」
「良い子にプレゼントをあげるのが、わしの仕事じゃよ。何が欲しいかね?」
 老人はどこからか大きな白い袋を担ぎ出すと、ルキナに向かってにこりと微笑んだ。
「ほ、ほえ!? ボクに、プレゼントくれるの? なあんだ…おじいさん、いいおじいさんじゃないか。
 殺さなくって良かった…。えっとね、ボクは…ボクはね……」
 一瞬のうちにいやらしいプレゼントが無数に思いつく。だがルキナは、ハッとヴィランデルの子供のコトを思い出し、
願い事を変えた。
「あれが欲しい。あの…ホラ、黄色いネズミみたいの。ほっぺが赤い…」
「おお、おお、あれか。知っておるぞ。最近は子供達がたくさん頼んできてな…うーんと…なんじゃったか…ペカ…パカ…ポコ…」
「ピカ、だよ」
「おお、そうじゃ、それでチューと鳴く、あの生き物じゃな。大丈夫、持っておるぞ」
 老人はしばし袋の中をごそごそやると、一抱えもある黄色いぬいぐるみを取り出して、ルキナに手渡した。
「わああ! すごぉい、おっきいや!これならヴィルの赤ちゃんが産まれた時からおっきくても、大丈夫だぞぉ♪」
「ふぉっふぉふぉ」
 ぬいぐるみを抱えて跳びはねるルキナを見て、老人は満足げにヒゲを撫でていた。
「さて、わしは忙しいからして、もう行かねばならん。できることなら、この世界では悪い子にならんでくれよ。
 悪い子を許さない輩も、たくさん住んでおるからの」
 老人はソリから降りると、トナカイを一頭ずつ介抱し、手綱を取った。
「あ、待ってよ、おじいさん! ボク、すっごく助かったから、忙しいなら何か手伝うよ」
「なんじゃと?」
 ルキナの申し出に、老人は目を丸くした。
「うーん……うむう。気持ちはありがたいんじゃがのう。これはわしだけしかできん仕事じゃから…」
 老人はヒゲを盛んに撫でながら、ソリの上で考え込んだ。
「む…そうじゃ。きみは、変わった体をしておるな」
 老人に言われ、ルキナは自分の美しい体を見下ろす。
「や…すまぬ、個性的、と言うつもりじゃった。その…つまり…」
「うん。それで?」
「近頃は、きみと同じ体をした子供達…もう子供という年ではない子もおるが…まあ、そういう子らが多い。
 そんな子らは悩みを持っていることも多いんじゃが、残念ながら、わしの仕事では解決できん…分かるじゃろ?」
「うん。その子におもちゃをあげても、悩みは解決しないよね……あ、そっか!」
 ルキナはポンと手を打つと、何度もうなずいた。
「うむ。今夜一晩だけ頑張っても、世界中の子を救うことはできんかもしれん。けれどそう分かっていても、
 今夜だけでも精一杯がんばって、世界中の子に少しだけでも幸せを配っていくのが、わしの仕事なんじゃよ。
 だからきみがわしを手伝いたいと言うなら、きみなりの方法で、今夜だけでも幸せを配ってやってくれんかね」
「分かったよ、おじいさん。じゃあボクも、行くね!」
「おお、ちょっと待ちなさい」
 早速屋上から飛び出そうとしたルキナに、老人は慌てて声をかけた。
「そのぬいぐるみは、他の子にあげてしまうのじゃろう。じゃから、これがきみへのプレゼントだ」
 老人が手にしているのは、老人と同じ…赤と白の布でできた、愛らしい衣装だった。
「わあ…ありがとう! じゃあ、これを着て、おじいさんの名前を名乗ってあちこち行けばいいかな」
「むう。わしの名前そのままだと、誤解が生じるかもしれん。アレンジしてみてはどうかね」
「そっかあ…じゃあ…」
 ルキナは衣装を羽織り、ふわふわと浮き上がりながら、考えた。

「じゃあボク、今夜だけ、サンタルキナって名乗っておくね!」 
「それはいい。ふぉーっほっほっほ!」
 夜風に幻の鈴の音を鳴らしながら、ソリが飛び立ち、ルキナが飛び立った。
「えっと…ボク、ふたなりを捜す勘には、自信あるんだぞ。あ…まずは、淋しそうにしてるあのコかな♪」


 翌朝ルキナに出会ったレイシャは、ルキナの幸せそうな顔が少し気になったけれど、そこはメイドらしく、何も尋ねなかった。

キミにも、幸せが届きますように
             サンタルキナ

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