中庭の光景は、半年前には考えられぬような、穏やかなものだった。
淫花の咲き乱れるヴァイアランス神殿中庭。萌え盛る緑は、ヴァイアランスが司る生命を謳歌するように育ち、広がり、混沌としながらも美しい風景を作り出していた。
東屋の脇に茂ったメヌスの花は、女性器に似た肉質の花びらを満開にさせて、甘い匂いのする蜜をこぼしている。
その茂みの向こうでは、キスティオと、レードルと、そしてザラ陣営の娘ゼナが、子犬と転げ回るようにじゃれ合っていた。
「はい、姉様」
神殿から持参したティーセットで紅茶をいれたパスナパが、カップを差し出した。東屋の日陰で辺りを眺めていたヴィランデルは、妹に振り向くと紅茶を受け取り、その縁に口をつけた。
「みんな、仲良くなってますね。嬉しいです。私、戦いとかより……みんな仲がいい方が、好きです」
パスナパはヴィランデルに寄り添うようにベンチに腰掛けると、まぶしそうにキスティオ達を見つめ、つぶやいた。
「そう…だろうな」
昔からそうだ。ビーストマン部族を統一する為の戦いの時も、聖戦でジェナと戦う時も。パスナパはヴィランデルのことを案じ、涙ぐんでいた。闘争本能の強い自分とは違う、優しい娘なのだ。
ヴィランデルは微笑むと、妹の手をそっと握った。
「だが…戦った結果、良いことが起きる時もある」
そして妹の手を、自分の中で息づく命の上に重ねる。
「…はい」
パスナパはにっこりと微笑み返すと、ヴィランデルが感じている鼓動を自分も感じようとするかのように、目を閉じた。
脂肪と筋肉で美しく引き締まり、彫刻のように整っていたヴィランデルの下腹。それが今は、目に見えて大きく膨らんでいる。
もちろん、ジェナの子を宿し、臨月を迎えようとしているためだ。
その背も3m近いヴィランデルの体躯では、胎児がいても人間の妊婦ほど体型が変わるわけではない。それでもパスナパの頭よりは大きくなったヴィランデルの腹を、パスナパは愛おしむように、そして少しうらやましげに、撫でさすっていた。
「私の次はお前だ。私が先に産んでおけば……お前の時に、色々と手助けできるな」
「はい♪」
パスナパはヴィランデルの胸に顔を埋めると、思い立ったようにベンチから立ち上がり、テーブルの上のバスケットを手に取った。
「そうだ…姉様。実は私、用意してるものがあるんです。伊娃さんに教えていただいて……」
にこにこと笑う妹に何か応えようとして、ヴィランデルは言葉に詰まった。
「きっと似合うかなって…それに、私も小さい頃……え…姉様っ…姉様!?」
応えられない。
下腹に鈍い苦痛を覚え始めたヴィランデルは、獣の呻きを数語発した後、ようやく言葉に辿り着いた。
「…そろそろ…らしい。…こいつが、外の匂いを嗅ぎたくなったようだな」
「姉様っ…大丈夫ですかっ…!」
「心配するな。神殿に戻るぞ」
泣きそうな顔のパスナパをなだめ、その手を借りることもなく立ち上がる。
獣王ヴィランデルは初めて覚える陣痛に戸惑いながらも、ゆっくりと神殿へ歩み始めた。