CHAOS JYHAD 外伝 Sledge hammer 

     A・S・K 筆



 あのケイオスビーストマンの王と戦って、どれほどになるだろうか。ジェナはふと考える。愛しの獣王は我が子を身ごもり、近く出産の
筈だ。
 敵陣より見上げる魔神殿は遠く感じられた。出産には立ち会うべきか、赤子をどう取り扱えばいいのか、ヴィランデルにどう言葉を掛け
るのか、パスナパは?・・・。一人でいると様々な思いが去来する。振り払おうと、拳を振るってみたりもするが、まだ見ぬ我が子の事、
 ヴィランデルの事がやはり頭を離れない。
「それも、良いかな」
 なかば諦め、立ち木によりかかるように腰を下ろす。神殿の窓の一つを見上げ、あの奥にいるのだろうか、などと思ってみる。
「あ・・・ここにいらしたのですか、じぇなさん」
「!」
 突然の来訪者はラーガシュだった。
「あの・・・ザナタック様がお探しなのですけれど、御いっしょして頂けますか?」
 傍らまで来て声を掛けられるまで気が付かなかった事を、愛しの人を思うばかりに気が緩みきっていた事を恥じながら、
「おれに、・・・?何の用だ?」
「それが、ええと、模擬戦の相手をして欲しいと・・・」
 模擬戦、ジェナは思いを巡らす。ザナタック本人の相手とは思えない、また何か変な戦闘マシーンでも造ったのだろうか?
「わかった、行こう」
 二人は錬兵場へ向かった。


「お!、やっと現れたのだ、遅いのだ!」
「す、すみませんザナタック様・・・」
 ザラ勢で一般に道場と呼ばれるホールには、ザナタックをはじめ数名のザラ勢のメンバーがいた。それに加え、ザナタックの背後には何
やら大きな用途不明の機械が鎮座する。実に、後足で立ち上がったラディアンスほどはあろうかと言う大きさだ。
「にゅっふっふっ、よく来てくれたのだ、ジェナ。これから我輩の究極傑作アメイジングな大発明の相手をしてもらうのだ!大気中の淫魔
粒子から高速移動する粒子を遊離・・・」
「ようするに、以前ザラ様に不評だった目玉焼きマシーンのなれの果てだろ?」と、ザイナ。
「だ、だまるのだ!確かにパーツの7割は流用してるが、その実用性と完成度は・・・」
「・・・その、ボイラーの出来損ないと戦えばいいのか?」長くなりそうだ、そう直感したジェナが話の腰を折る。
「にゃ、にゃにお〜!・・・っふっふ、何とでも言うのだ、後で後悔しても知らないのだ。いでよ!先行量産型高汎用(中略)人型歩行戦
闘機、ハンマーヘッド!!」
 勢い良くレバーを倒したザナタックは機械から噴出する蒸気の奔流に飲まれ姿を隠し、声だけが先を続ける。
「ごほげほ、本気で掛かって来ないと大怪我なのだ!ま、その為にイレーネも呼んであるのだ!安心してやられるのだ。にゃっはっは!」
 蒸気の奔流から姿をあらわしたのは、ジェナよりもふたまわりほど小柄な筋肉質の肉体。
「まあ、・・・その為にわたくしは呼ばれましたの・・・」ゼナを膝の上に載せ、別段慌てる様子もないイレーネをよそに、ジェナはほん
の一瞬、戦慄に身を凍らせた。それに気が付くことが出来たのは、ザイナ一人。
「・・・ジェナ?」
「ソフィ」
 誰に聞こえるともなくジェナの呟いたその名の主は、かつて戦火にまかれ、ジェナの腕の中で息絶えた妹の名であった。



 ジェナは軽いパニックに陥る。死んだ妹の面影を持つその者。が、記憶にある妹の姿は華奢で小柄な少女。そして一際違和感を発する、両
の側頭部から伸びる金属質の突起。
 ・・・思い当たる節はたった一つ。数週間前にしつこくせがむザナタックに提供した卵子と精子。疑似的なクローン。
「どーなのだっ!身長、体重こそオリジナルであるジェナ、おまえの80%程だが、総合的な身体能力、瞬発力や持久力は4%ほどおま
えを上回るのだー!!これが量産体勢に入ればザラ軍はよその邪神とも戦える軍勢になるのだ!」
「量産?目玉焼きみたいに?」
「にゃーっ!しつこいのだザイナ! とにかく行くのだっ!!」

 

 何処から出したのか、ザナタックは景気良く銅鑼を打ち鳴らす。それを聞くや否や、ハンマーヘッドと呼ばれた戦士は恐るべきスピードで
ジェナのもとへ踏み込んだ。
 ジェナは銅鑼の音と同時に戦闘体勢に入る。いつものように神経を研ぎ澄まし、呼吸法を切替える。自分以外の周囲の時間の流れがゆっ
くりになるような感覚。その中にあって、ハンマーヘッドの突撃は鋭さを失わない。正直、ジェナは舌を巻いていた。ザナタックが先ほど
述べたスペックに偽りはないようだった。
 が、ジェナには舌を巻いて感心している余裕があった。幾多の実戦をくぐり抜けてきたジェナ、一方シミュレートしたデータを脳に焼き
付けただけのハンマーヘッド、身体能力を120%使い切る事が出来るジェナ、スペックどうりの能力しか出せないハンマーヘッド。
 ジェナの鳩尾に向けて放たれるハンマーヘッドの必殺の正拳。一瞬速くハンマーヘッドの脇腹へ叩き込まれるジェナの蹴り、鋼のごとき
腹筋はその蹴りのインパクトを跳ね返す。が、ハンマーヘッドの体が僅かに浮きあがった。
 勝負はそこで決まった。
 吸い込まれるようにジェナの鳩尾にヒットする正拳。しかし、地から脚が浮いた打撃などジェナの身体には戦艦の装甲を拳銃で撃つよう
なものだった。跳ね返されたインパクトが腕を伝わり、ハンマーヘッドの身体へ。肩の辺りから”ボクっ”という音がする。
 苦痛を感じ始める間もないうちに、ジェナの両腕が絡み付いてくるのをハンマーヘッドの鋭敏な知覚は感じていた。
 天地が入れ替わる妙な感覚、パニックを起こす三半規管。
 突撃の時とほぼ同じスピードで、ハンマーヘッドはスタート地点に投げ飛ばされ、そのまま自分の育った子宮であるマシーンに激突、こ
れを木っ端微塵に破壊してしまった。そのまま気を失うハンマーヘッド。
 自分で打ち鳴らした銅鑼の振動が収まる頃、ようやくザナタックは事態を把握した。
「おにゃ?」
「あ〜あ、やっぱり・・・」
 つまらなさそうにあくびをするザイナ。自分の姉妹を気遣いがらくたの山をあさる、ラーガシュ。それを手伝うイレーネ。
「おれは一人でいい」
 怒気を含んだ声で言い放つジェナ。聞いているのかいないのか、
「うにゅ〜、少しは手加減するのだ!ジェナ。ん〜オリジナルに勝てないようでは量産計画は破棄なのだ・・・」
「手加減はした。・・・本気でやれといったのはおまえだが?」
「やっぱり局地戦用に特化したギルメイレンタイプを・・・」
 すでに別のプラン思い巡らせる、ザナタック。
 どうにも話を聞いていないようなので、ジェナは肩を竦めてその場を去った。


 しばらく後、ジェナはイレーネの診療所をたずねてみた。やはり気にならない、という訳にはいかない。
「あら、やっぱりいらしたのね。そこの角を曲がって二つ目の部屋にねかせてありますわ」
「ああ」
 ハンマーヘッドはベッドの上で一人でしょげかえっていた。無理もない、産まれてそう間もない内にいきなり戦わされて、投げ飛ばされ
て怪我した挙げ句、創造主にほったらかしにされたのでは。
「具合はどうだ」
 いきなり入って来たジェナを見て、驚いたハンマーヘッドは啜り泣きを始めてしまった。
「な、泣くな、もう何もせん・・・そうだ、ザナタックな、あれはあれで焦ってるんだろう、最近星の動きが妙でな。あ、これは傭兵時代
に覚えた星の動きで先を占うという・・」
 我ながら何を言ってるんだか。そんな思いに駆られながらも啜り泣くハンマーヘッドの姿に自分の腕で最期を迎える妹の姿を見、何か声を
かけてやらなければと言う義務感を覚えてしまう。
「おれの見た所、オールドワールドにて戦乱の妖相あり、と出ている。ザナタックもそれに気づいておまえを造ったのだろう」
「・・・?」
「それまでにおまえを鍛え直してやる。それに、おれの仲間には武に長けたものが多い。色々学べるだろう」
 なにか一方的だな、と思いつつも落ち着きを見せはじめたハンマーヘッドに、ジェナは安堵を覚えてた。
「ハンマーヘッドでは呼びにくい、おまえの事は・・・ソフィと呼ぼう」
「そふぃ?」
「うむ、ザナタックにはおれから言っておく」


 第三階層の天井にぽっかりとあく穴から見える空は、夕刻を迎えていた。
 その空はやがて起きる戦いを象徴するかの如く、血の色に赤かった。



*スレッジハンマー(Sledge hammer):(鍛冶屋が両手で振るう)大ハンマー


A・S・Kさんからいただいたショートストーリーに、Rebisがカットを書き加えて掲載させていただきました。