CHAOS JYHAD 最終話 聖戦


「なのでちゅわ〜!」
「おおーっ!」
 舌足らずな言葉が発せられるたびに、ざわめきが巻き起こる。
「でちゅことお〜」
「ほおーっ!」

「騒がしいですわね…何事ですの?」
「なにごとでちゅの?」
 ロビーに入ってきたザラは、自分の言葉を真似るゼナが皆に囲まれているのを見て、美しい眉を潜めた。
「ねえ、ねえ、見て下さいよぉ、ザラ様! ゼナ、ザラ様のマネができるようになったんですよぉ」
 ゼナを抱えたファルカナが、跳びはねるように近付いて、幼子の体を誇らしげに掲げた。
「…知っていますわ。皆がそうして騒ぐから、喜んで真似をするのです。もうおやめなさい」
「おやめなやいでちゅわ」
「ゼナ…仕方のない子ですわね」
 ファルカナから愛娘を抱き取りつつ、ザラは苦笑した。

 ゼナがザラの口まねを始めたのは、昨晩からのことである。
 イレーネ、ザラと共にいた寝室で、ザラの語尾を真似て…それをたまたまザラが誉めたのが、嬉しかったらしい。
 ザラの実子とはいえ、その力を完全に受け継ぐことができなかった娘、ゼナ。
 その肉体が年齢以上に成長している反面、知能や情緒の成長は、4歳という実年齢を考えても…遅い。
 だから、ザラにとっては、娘が新しい言葉を覚えるのは嬉しいことなのだ。なのだ、が……
 よりによって自分の口調を真似るというのが、ザラの性格上どうにも落ち着かないのであった。

「良いではありませんか、ザラ様。子供が親の真似をすることは、成長の一つと聞き及びます」
 ソファに腰掛け、リサリアを抱きながら茶を口にしていたローザが、微笑む。
「そうですわね……。明日はゼナの聖戦。それまでに少しでもしっかりしてくれるなら、それはそれで良いことですわ」
「でちゅわ、でちゅあ! あのね、ザや様、ゼナ、あしたのせいせんがんばゆ、でちゅことお!」
 珍しくしっかりした言葉を発したゼナに、ロビーの皆が笑みで応えた。


 だが、さしものザラも、この時は気が付かなかった。
 これが変貌の始まりであったとは。


***


 柔らかいカーペットの上に、おもちゃがいくつも転がっている。
 混沌のの軍隊を模した人形たち、ルキナが地球から持ち帰った黄色いぬいぐるみ、ヴァイアランスの教えを説いた絵本、さきほどまで城だった積み木の山。
 ここはルキナ勢が住む神殿の一画。ヴェナルティア誕生後に創られた、いわば『子供部屋』である。

 ついさっきまで遊び回っていたヴェナルティアは、母であるヴィランデルの胸に抱かれ、ウトウトと眠りかけていた。
 遊び相手がいなくなったレードルは、保護者がわりのレディオスの膝に座り、あどけない口振りでおしゃべりに興じている。

「ねえねえ、レディオスお姉ちゃん。あしたはレードル、ゼナちゃんと、”せーえきの出しっこ” するんだよね」
「ええ、そうよ」
 まだ幼いレードルには、聖戦の正確な意味が語られていない。ゼナと競争して、勝てばいい…その程度に教えられているのである。
「そうだよね! 楽しみだなあ♪ あのね、ゼナちゃんとはよく遊んでね、たまにせーえきも出したりするんだけど、ほんきで競争したことはないんだ」
 レードルは自分の逞しいペニスを両手で弄びながら、嬉々として語り続ける。
「レードルは、おちんちん2本あるけど…ゼナちゃんは、ちんちん2本分くらい、”しゃせい”するんだよ。でもレードルは、やっぱりお姉さんだから…まけないね!」
「お姉さん…だものね。レードルが勝てば、きっとルキナ様も喜ぶわ。がんばってね」
「うん!」

 聖戦を翌日に控えた幼い戦士は、無邪気な欲望を笑みに変えて、レディオスの胸に飛び込んだ。


***


 鐘が鳴り響く。
 聖戦を告げる鐘。 五度目の鐘。 戦士達を大聖堂に呼び寄せる鐘。

 ルキナ勢とザラ勢に分かれた戦士・奴隷達が輪を作る中、二人の幼い対戦者は、すでに向かい合っていた。
「ゼナちゃん、負けないからね! レードル、お姉ちゃんだもん!」
「ゼナもまけないもん、でちゅわ! ゼナは、ザや様のゼナでちゅことお!」

 
 五つ目の戦いの始まりを告げるべく、祭壇の炎が高く吹き上がった。

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