夜風を心地よいと感じることなど、どれくらいぶりだろうか。
 ザラ陣営にあるエクセリアス姉妹の部屋、そのバルコニーの片隅に身を寄せて、カナディアは階層の空に光る星…浮遊魔界の群を見上げていた。
 脇には、メイド服と金属製のスリーブが、丁寧に畳まれて置かれている。昔ならこんなことはしなかっただろうが、奴隷として働くために装填してもらった『メイド仕様チップ』が、自然とこうした行動を示唆してくれるのだ。

 体はまだほのかに熱い。膣と直腸には姉妹の精がいっぱいに詰まって、心地よい熱を与えてくれている。今のカナディアは、両胸も姉妹の精液のためのタンクだ。幾分重みを増した乳房が……姉妹に可愛がられたことを誇っているようで、少し愛しい。

「…ふぅ…」
 現実感が薄い。それほど、自分と自分の身辺は、ここしばらくで変わってしまった。
 幸せのあまり、一人でいれば顔に笑みが浮かんできそうだが……そうして調子に乗れば、夢が終わって暗い自分の部屋で目覚めてしまいそうで、恐い。
 シャルリアンは、本当に自分を受け入れてくれたのだろうか。
 シャルレーナは、本当に自分を許してくれたのだろうか。
 ヴァイアランス様は、本当に自分を導いてくれているのだろうか。


「ホントに…武器とかは、全部外しちゃったんだね」
 背後からシャルレーナの声。カナディアは、夢の中の夢から引き戻されるように…振り返った。


***


「もう、銃とかは撃てないんだ」
「は、はい」
 シャルレーナはどこを見るでもなく、神殿の庭園に目を向けている。
「いいよ、着なくて。メイドだって、そんな24時間制服を着てるワケじゃない…よね、多分。だから、奴隷だって、たまには休まなきゃ」
 慌てて服を着ようとしていたカナディアに、シャルレーナは忍び笑いを交えながら言った。

「あ…あの…シャルレーナ様」
「なに?」
 歩み寄ったエルフの主人が、隣に腰を降ろした。
「本当に…俺のこと……ゆる…」
「うん。さっき言ったのは、本当だよ」
 言葉を遮って、シャルレーナは答えた。
「少しはね、思ってたんだ。…カナが私達の森に来なかったら、お姉ちゃんと結ばれなかったな、って。エルフは長生きするでしょ…お互いのコトを、心の底では好きだと思いながら、何百年も偽って、一緒になれなくて……そうなってたかも知れないと思ったら、ものすごく恐くなった」
 シャルレーナの髪が、カナディアの肩にもたれかかった。
「だから、ね。感謝…とまではもちろん言わないけど、カナのあれも、ヴァイアランス様のお心だったのかな…って、思ってたんだ。なのにゴメンね、嫉妬していじめたりして」
「いえ…そう言ってもらえるだけで…ホント、俺……あ、ありがとう…ございます…」
 カナディアは喜びとも…愛しさともつかない熱を胸に覚えながら、小さく礼を言った。


「ねえ、やり直そうか?」
「え?」
 シャルレーナが突然明るい声を出す。その意味が理解できず、カナディアは戸惑った。
「考えたら、悪かったのは、出会いだけだもんね。だから、今夜、もう一回やり直してみようよ。私は、森エルフの娘。カナは、森に迷い込んだ旅人。私もカナも、私のお姉ちゃんが好き。でも、森で暮らしてるうちに、お互いのコトも好きになって…ついに今宵、夜の森で結ばれるの。どう?」
「あ…はい…でも、レーナ様…」
 うすうす意味は理解できたが、奴隷としてどう振る舞えばいいのか分からず、カナディアはさらに混乱してしまう。
「レーナ、でいいよ。今だけ…ね。だって、好き合って、今夜結ばれるんだから」
 シャルレーナが初めて、カナディアに娘らしい微笑みを見せる。
「うん…レ…レーナ…分かった」
 カナディアは力強くシャルレーナの肩を抱いて、うなずいた。

 あの日を…やり直すのだ。相手を凌辱するのではなく……同じ体を持つ恋人同士が、互いに愛撫し合うようにして。
 これから姉妹に仕え、過去の鎖に捕らわれず、愛し、愛されるために………

「でも、レーナ…お前のお姉さんが…」
「心配するな、行って来い。今夜の森は、暖かいぞ」
 目を覚ましたシャルリアンは、バルコニーの柱に静かにもたれて、二人に微笑んでいた。指さす先には、神殿の庭園の一画、美しい淫花の咲く木立がある。

『はい』
 二人は一緒にうなずくと、手を取り合って、バルコニーから中庭へと飛び降りた。

 あの日の、森を目指して。

最後の鐘の音が、神殿に響きわたる。
戦士達に見守られ、時を迎えた二人の英雄が相対する。

真なる混沌ヴァイアランスの胎に抱かれて、二人は聖戦の意味を知る。

次回混沌聖戦最終話 『聖戦』。
それはシオンの円環。終わりの時は、始まりでしかない。

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■5頁目の挿し絵は、はにわダコさんよりいただいたCGを使用させていただきました。■
はにわダコさん、ありがとうございます!